パングロス

あまろっくのパングロスのネタバレレビュー・内容・結末

あまろっく(2024年製作の映画)
4.0

このレビューはネタバレを含みます

◎奇跡のシスターフッド成立が産む新たな家族

いやぁ、予想を超えて来たな、いい意味で。

冒頭、ウェディングドレス姿の二人の女性の姿が映し出されるが、足元から首元まで、あるいは後ろ姿のみで、顔は見せない。

あれ?

これも最近流行りのLGBTQ+もの?
二人は女性同士の結婚式を挙げるところなのかな?
とミスリーディングフルに思わせておいて、そこそこ長い物語が始まる。

本レビューは、「ネタバレあり」設定にしたので、堂々とオチを書いてしまうと、この冒頭で提示された謎の答えは、文字通り本編のラストシーンで回収される。

二人のうちの一人は、近松早希(中条あやみ)。
入籍した直後に死んでしまった夫竜太郎(笑福亭鶴瓶)との結婚式を遅れて挙げるのだ。

そして、もう一人は、竜太郎の娘優子(江口のりこ)と南雲広樹(中林大樹)とのウェディングだ。
一年前の2023年、優子にひと目惚れして猛アタックした商社マンの広樹。8年間の失業生活で、心も荒みきっていた優子の側も、広樹に好感を抱き、プロポーズを素直に受け止めた。
社命でアラブ首長国連邦の首都アブダビへの転勤が決まったので、一緒に来て欲しいと請われ、一度は承諾した優子。

ところが、いざ自分が家から出るとなると、と考えを巡らした優子。
自分にとっては厄介な父親、早希にとっては新婚ホヤホヤの新郎であった竜太郎を喪ったうえに、早希が竜太郎の子を身ごもっていたことが分かったのだ。

それまでは、「あんたなんて家族なんかじゃない」と存在すら認めようとしなかった早希は、まだ20歳。
それに対して、優子はもう30代後半なのだ。
優子と産まれる子どものために自分が出来ることは何か?
真剣に考えた結果、家と父が経営していた鉄工所を売る算段を不動産屋に持ちかけ、その売り上げによって得た資金を早希に渡す。
そして、自分は、早希とその子を支えるため、アブダビ行きは断念する。
このことを、広樹に伝えた。

この辺りの展開は、本当に急転直下で驚かされた。
優子は、考えに考えた末、自分が結婚することで得られる幸福を選ばずに、自分より遥かに年下の早希を支える人生を選んだのか、と、それまで優秀かもしれないが自分本位にしか生きてこなかった優子の変貌に驚かされたわけである。

ところが、その一年後の2024年。
早希と優子は、二人揃っての合同ウェディングを挙行したのだ。
広樹は、アブダビ行きを断った優子を見捨てなかったのか。

この新たな謎は、次のシークエンスで解決される。

鉄工所で「社長」と呼ばれる優子。
早希の子を抱いてあやしながら商談の電話を受けている。

そこに、「副社長」早希が現れ、外回りの営業で新たな契約をいくつか獲得できたと嬉しい報告。

鉄工所の若手ながら熟練した職員が、2階で作業している新人に「おぉい、新人。うまく出来たかぁ?」と声をかける。
「はい」と返事をしたのは、作業服姿の広樹だった。

いやぁ、こりゃあ、上手い!

中盤過ぎまで、「絶対うまく行くはずがない」としか見えなかった早希と優子の蜜月。
そして、京大卒のエリート商社マン広樹こそが、アブダビより、愛する優子の方を選択していたとは!

事前の予告編では、てっきり鶴瓶師匠が主役なのかな、と思っていた。

笑福亭鶴瓶という人は、爆発アフロヘア時代から「噺家にして噺家にあらず」の独特の存在感を放っていた。
今や、その存在感は、たんなる噺家でも、たんなる芸人でもなく、あたかもビリケンさんのような、福助人形の福助のような、あるいは宮城の「仙台四郎」のような、ある種の福の神、生ける縁起物の域に到達していると言っていい。

だから、2009年の『ディア・ドクター』のような名演もあるにはあるが、現在の鶴瓶師匠を主役にしても、なかなか良いドラマは作りにくいのではないかと思っていた。

すると、案の定、と言って良いのか、竜太郎役は、若い頃の松尾諭から鶴瓶師匠に替わって再婚を宣言したかと思ったら、氷雨に打たれて、そのまま帰らぬ人となってしまった。

だから、本作の主人公は、近松優子、江口のりこ、その人だったというわけなのだ。

とにかく中盤過ぎまで、やたら不機嫌な優子。
京大卒で、ボート部でも成果を上げ、仕事もできたはずなのに解雇され、再就職もうまくいかない。
結婚はおろか、恋愛も眼中にない。
本人からしたら、それどころではないからだ。

だのに、いい気な親父殿は、娘より遥かに年下の若い小娘と再婚した、と突然言い出す。

不遇をかこっているだけで不機嫌なのに、この親父の色ボケの相手を何で自分が「家族」として受け入れなければいけないんだ!

優子の屈託と、不機嫌の原因は実によくわかる。

対する早希は、あまりにも夢見がちで、あまりにも屈託がない。

優子と早希、だから、まるで水と油なのだ。

それが、いざ、自分が結婚し、相手とともに家を遠くアラブの国まで離れることが決まった瞬間から、優子は、はじめて早希と産まれてくる子という存在を「家族」として受け止め、その命運に自分も責任を負っていることを自覚するのだ。

最初、「すわ、百合カップルか」と誤解しかけた、早希と優子のダブルウェディング。
二人の間の「結婚」ではなかったにせよ、そこには、明らかに確かな「シスターフッド」が産まれていたのだ。

そして、その「シスターフッド」が産まれて来た子どもを共に育て、いったん退けられたかに思えた広樹さえ新たな家族に迎える核となったのだ。

これは、なかなかに凄い「解決」ではなかろうか。
猫も杓子も的なLGBTQ+の流行のお先棒を担ぐのではない、新たな「シスターフッド」のあり方の提示。

関西人は、「アマガサキ」なんて長ったらしく言わずに短く「アマ」と呼ぶ。

この新しい物語が、ディープ関西、アマから発信されたことの意義は大きい。

アマロック、なかなかいい面構えではないか。
パングロス

パングロス