ビンさん

イルカはフラダンスを踊るらしいのビンさんのレビュー・感想・評価

3.8
ヤングケアラーであるヒロインと認知症を発症した祖母、そしてその周囲の人々との物語。

ヒロインは地方の町に暮らす高校3年生のサト(片田陽依)。
部員3名だが演劇部に所属している。
卒業後は上京して俳優の道に進む夢を持っているが気がかりなのは祖母シズ(福井裕子)のこと。
認知症を発症し、日中はヘルパーの清美(萩原萌)が面倒を見てくれているが、父辰彦(斎藤譲)と3人暮らしの家庭ゆえ、家を離れることはできないサト。

さらに、シズはパーキンソン病も発症し、このままだと寝たきりの生活になってしまうおそれがあった。
当のシズは一人で徘徊したりと、サトが抱える悩みは増すばかり。

今日も今日とて、徘徊したシズに語りかけるサトは、シズが亡き祖父との思い出が徘徊の理由の一つだと知る。
それは祖父とのハワイ旅行の約束だった。
やがて施設への入居を余儀なくされるシズ。家族の思い出として、家族3人でハワイ旅行を計画するサトだが、先立つものがない。

そんな彼女の様子を見て、演劇部仲間が一計を案じる。
それは、自分たちの演技力でもって、逗子をハワイに見立てた疑似ハワイ旅行計画だった。
はたして計画は成功するのだろうか?

テーマは認知症、パーキンソン病、在宅介護、ヤングケアラー等々、高齢化社会における現実味のある諸問題であり、ヒロインのサトにのしかかってくるものは大きいのだが、彼女の前向きなキャラと、周囲の人々の協力でもって、物語自体も前向きな内容で好感が持てた。

プロデュース兼脚本担当の吉岡純平氏のオリジナル脚本だが、物語のアイデア等々には諸々事実も盛り込んであるようで、故にまったくの絵空事ではなく、リアリティある設定だと感じる部分も多々あった。
たとえば、僕の身内には認知症の者はいないが、母が晩年体調を崩し、日中はデイサービスの施設通い。夜は自宅で僕と弟が面倒を見ていたが、このままだと「胃瘻」の処置をしないと、という話もあって、ここは本作でもエピソードとして描かれており、つい亡き母のことを思い出す場面もあった。

そんな脚本を元に、ともすれば重くなりがちな物語だが、森田亜紀監督の演出にとにかく温かみを感じた。
森田監督はご出身が金沢だということで、正月早々に大きな地震があって舞台挨拶も難しい中、大阪へ駆けつけていただき、お話を直接聞けたのは嬉しかった。
劇中、シズが徘徊するきっかけの一つに、少女時代のサトの姿を追う、というのがあって、シズのサトへの愛情が伺える素晴らしいシークエンスなのだが、シズがサトを何度も「サトちゃん、サトちゃん」と呼ぶところで、思わず気恥ずかしい思いをした。
というのも、僕の名前はサトシなので、子供の頃から両親こそ呼び捨てだったが、叔父叔母や親戚から「サトちゃん、サトちゃん」と呼ばれていたのだ。
だが、劇中の呼び方とイントネーションが違う、ってなど~でもいい話(故にシンパシーを持った、ってことを言いたかったのだが)を、森田監督からサインをいただく際にお話させてもらった。

森田監督は元々俳優をされていて、あとでパンフを読んで驚いたのだが、山田杏奈さん主演の『ミスミソウ』(18)で、最後にとんでもないことになる担任教師を演じてらっしゃった、あの方だったとは・・・。
先にわかっていたら、サトちゃん談議より、もっと他のことをお話できたものを・・・。
ま、それは本作とは関係ないことではあるが。

主演の片田陽依さんは僕と同じく奈良県出身とのことで、それだけでも嬉しかったし、本作のヒロイン、サトを見事に演じてらっしゃった。
劇中登場するアニメーションも担当、さらに他の作品では劇伴も担当という、若き才能を披露されている。
じつに素晴らしいことであり、映画音楽、特に劇伴マニア(笑)の僕としては、将来がとても楽しみである。

そうそう、予告編にも登場して、強烈な印象を残す、パイナップルのフライパン焼き。
あれはいったい何なのか、是非本編を観て確認していただきたい。
ビンさん

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