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私の彼氏のryoのレビュー・感想・評価

私の彼氏(1947年製作の映画)
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室内で父とコミュニケーションを取っていたベネットが画面外の音声として響く足音を聞き取る。階段を上ってきたトレイシーは、ドアを開けるかと思われた瞬間、やおら自分の身なりを気にかけ、ガムを噛んで香りを添える。するとカットが替わりキャメラは室内のベネットを捉えるのだが、なんと彼女もトレイシーと同じように髪型を整えてはガムを口に放り込む。これからはじめてプライヴェートな時間を共有しようとする男女がドア一枚挟んで相対する異性に悟られまいと気分の昂まりを抑えるさまが実はまったく同型であるというこれから訪れる時間よりも事によると幸福かもしれぬ時間がわれわれの眼前に供される。ところが多幸感を観客が充分に味わいきってしまうよりわずかに早く、トレイシーがドアをノックする。そのリズムに即応したベネットがノックし返すと、扉はようやくふたりを出会わしめる。そのリズムが「ノミのワルツ」だと観客が気づくのは、ベネットの理解よりやや遅れてのことだろう。この呼吸。この間合い。モールス信号を解読したベネットが今目の前にいるトレイシーにそのメッセージを明かすべきではないと咄嗟に判断し一変する空気こそ私が信じる映画である。
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