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お引越し(1993年製作の映画)
4.3
 冒頭、部屋に置かれた奇抜な三角形の形をしたテーブルで漆場家の3人はご飯を食べている。外は暴風雨が吹き荒れ、母親と父親は一切目を合わせようとしない。この才気溢れる3分間の長回しのファースト・シーンに象徴的なように親の別居が小学6年生の娘にはなかなか現実として理解出来ない。学校のお昼休みには父親が横になる川辺に全速力で駆けつけ、母親と父親に何とか昔のような仲の良い生活をさせようとする田畑智子演じるレンコの姿が実にいじらしい。仲の悪いクラスメイトの女子や自分に好意を寄せる男子の姿や、母親の弟とそのフィアンセの姿を見ながら客観視しようと努力するもののどうしても理解出来ない。

 田畑智子は自分の感情の喜怒哀楽を、常に行動で表現する。走ること、タンスに隠れること、引っ叩くこと、パンチすること、逆立ちすること、それらの表現は全て彼女の内面から自然に沸き上がってくる言葉である。母親は「2になるための契約書」という契約を娘につきつけながら、それを仕事という理由であっさり破る。父親もお調子者で威厳がなく、自分の内面をまったく理解しようとしない。そのことに我慢出来なくなったレンコは自分に好意を寄せる男子の入れ知恵で家にバリケードを築く。中盤の核となるこの場面も相米監督の真骨頂である長回しが冴え渡る。父親はそれでも彼女の気持ちをわかろうとするが、彼女が昔大切にしていたキリンのぬいぐるみをキャッチし損ねる。相米映画では常に高低差のあるショットが緊迫感のある画面を形作る。川辺から道路を仰ぎ見る場面だったり、同級生と坂を昇る場面だったり、父親の会社へ電話ボックスから電話をする場面だったりこの高低差のあるショットがより立体的に画面を占めるのである。

 ラスト30分のレンコの彷徨場面は、90年代映画でも屈指の映像詩である。燃え上がる松明を振り回す幻想的な場面と男の子たちとの不和はまるでドキュメンタリーなのではと錯覚を起こすほど圧巻の映像で震える。満月の夜に何かが降りて来たようなレンコの彷徨、森の中に分け入り、やがて海辺へと辿り着く。そこにはまるでフェデリコ・フェリーニのような祝祭を帯びた海辺が拡がっている。クライマックスでレンコと母ナズナが輪唱する童謡『森のくまさん』は、この数年後に黒沢清が『勝手にしやがれ』でオマージュを捧げている。
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