オーウェン

噂の二人のオーウェンのレビュー・感想・評価

噂の二人(1961年製作の映画)
4.5
この映画「噂の二人」は、1936年にリリアン・ヘルマンの戯曲「子供の時間」を「この3人」という題で映画化したウィリアム・ワイラー監督が、オードリー・ヘプバーンとシャーリー・マクレーンという2大女優を主演に迎えて再映画化した作品だ。

寄宿制の女子私立学校を経営するカレンとマーサの二人の女性が、突然"同性愛"という汚名を着せられ、やがて悲劇的な結末を迎えるまでを、ウィリアム・ワイラー監督が確かな演出力で描き切った名作だ。

この映画は、子供の身勝手な噂が、ひとりの女性を死に至らしめる、恐ろしい社会派ドラマだ。
大人びて意地の悪い少女メアリーが、自分を叱る教師二人が経営する学校から出たいために、二人が"同性愛者"であるとデマを流すのだ。

全ての父兄が自分の子女を学校から引き上げ、二人は原因をメアリーのデマだとその祖母に詰め寄るが、その家に引き取られていた別の生徒の証言で事実は決してしまう------という歯ぎしりしたくなるようなストーリーが展開していく。

そこには、根拠のないゴシップに対する社会の妄信性や、それによって、いとも簡単に崩れてしまう日常生活の脆さ、本来、純粋な筈の子供に存在する邪悪さが提示されていて、観ている者を震撼させます。

この映画の原作者であるリリアン・ヘルマンの巧まざる現実認識、人間描写の鋭さを思わずにはいられません。

だが、一つ気になるのは、メアリーを演じるカレン・バルキンという子役のオーバー・アクトだ。
見るからにふてぶてしい顔もさることながら、眉をしかめたり、驚く時に目を見開いたりする、この子役の芝居の過剰さが、失笑を買うほどに強烈だ。

ウィリアム・ワイラー監督ともあろう名匠が、なぜこんなにも臭い芝居をする子供を起用したのか、理解に苦しみます。
それとも、ワイラー監督はそんなことは百も承知で、この"愚かしい扇動者"の姿を揶揄してのものだろうか?

普通なら、この子役のせいで映画は台無しになるところだが、ワイラー監督は後半、苦悩するカレン(オードリー・ヘプバーン)とマーサ(シャーリー・マクレーン)の悲惨さをじっくりと表現し、その汚点を消し去っていくのです。

カレンの婚約者ジョー(ジェームズ・ガーナー)にすら忍び寄る疑心、裁判を拒否した叔母の薄情さ、レズ志向を自認し命を絶つマーサら、各人それぞれを、ワイラー監督は実に的確に描き分けていくのです。

そして、親友を失ったカレンが、絶望感を抱きながら葬式の参列者の間を胸を張って歩いていく姿に、無理解な社会への怒りを凝縮させているのだと思います。

オードリー・ヘプバーンの澄んだ瞳が、躊躇なく真っ直ぐ正面を見据える、このラストのショットが、この作品の価値を2倍にも3倍にもしているのだと思います。

一個人が風評によって、社会から追放されるこの物語には、ウィリアム・ワイラー監督自身のマッカーシズムによる、ハリウッドの"赤狩り体験"が、色濃く反映されているのだと思います。

当時、それに抗議する委員会を結成し、その中心人物として活動したワイラー監督は、悪夢のようなこの事件に対する怒りを、ヘプバーンに代弁させているのだと思います。
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