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ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブのTOTOのレビュー・感想・評価

4.7
『人生で素敵なものは女と花とロマンスだ――』

1999年のドキュメンタリー映画『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』は社会主義国キューバという、西側から見れば隔絶された社会の中で富も名声も求めず、毎日ただ葉巻を味わい、ラム酒を飲み、恋をして、歌をうたう、そんなシンプルな人生を謳歌してきた老ミュージシャンたちにスポットを当てた奇跡のような作品です。
監督はヴィム・ヴェンダース。
この映画作りのきっかけとなったのはスライドギターの名手であり、映画音楽の巨匠でもあるライ・クーダーが70年代にカセットテープで耳にした無名のキューバ・ミューシャンたちの演奏でした。
クーダーはその「音」を頼りにキューバに渡り、既に老境にあって決して豊かではなく、中には十年以上楽器に触れていないという彼らと邂逅してセンッションし、その音源をアルバムに残します。
アルバムのタイトルは彼らキューバ・ミュージシャンたちが1940年代に実際に活動していた会員制クラブの名称から取りました。
主要なメンバーはまず先ほどのイブラヒム・フェレール。参加直前までキャラメル売りや靴磨きで日銭を稼いでいましたが、ライ・クーダーは彼の歌声を聴いて「キューバのナット・キング・コールだ」と絶賛します。
劇中で印象的に歌われる「チャンチャン」の作曲家であり、齢89歳にしてまだ「現役」のダンディーな紳士、コンパイ・セグンド。実際、85歳の時に5人目の子供をもうけた希代の艶福家であるセグンドの名台詞が、タイトルにもなっている「人生で素敵なものは女と花とロマンスだ」です。
セグンドは弦が8本あるギターによく似た自作の楽器で、常識にとらわれない自由な発送でメロディーを作り、魅力的な低音ヴォイスで歌い、狙った女性をものにするのです。いや、カッコイイったらないよ、ほんとに。
ハスキーな暖かい歌声で、聴く人を皆虜にする《《本物の歌姫》》、それがオマーラ・ポルトゥオンドです。ラストのNYカーネギーホールでのコンサートで情感豊かに歌いあげ、嬉しそうに涙する姿が忘れられません。
キューバが生んだ最高峰のピアニスト、ルベーン・ゴンザレスは経済的な理由から十年以上ピアノに触れていませんでしたが、それでも衰えぬ卓越した技術と表現力でブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブの核としてバンドのクオリティを牽引します。
他にも才能に溢れ、音楽の神に愛でられたミュージシャンたちが大勢集まり、遅すぎた同窓会を楽しむように演奏し、歌う様を見ていると、本当の「音楽」の意味を実感するのです。
ライ・クーダーの手によって全世界に伝えられたアルバム『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』は400万枚を売り上げる爆発的なヒットとなります。
その成功を受けて彼らは憧れのニューヨーク・カーネギー公演を実現させ、見事大成功させます。それがこの映画のクライマックスです。
ニューヨークの土産物店でサックスを構えるビル・クリントン元大統領の人形を見て、「彼はきっと有名なジャズ・ミュージシャンに違いない」と言ったり、エンパイアステートビルの展望台から自由の女神像を見つけて、「女神像があんなに小さい訳がない、あれは偽物だ」と話し合うキューバ・ミュージシャンたちが愛しくてたまりません。
結果的にこのカーネギー公演がブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブの最後のステージとなりました。
その後、彼らは文字通り余生を楽しみ、静かに、そしてきっと幸せに、天国へと旅立っていったのです。
人生最後のプレゼントを心ゆくまで堪能して――。
TOTO

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