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火まつりのkaomatsuのレビュー・感想・評価

火まつり(1985年製作の映画)
4.0
神話的な世界を舞台にした日本映画の中でも、殊に印象的なのが、作家・中上健次が脚本を担当した、柳町光男監督による本作。1976年、小説「岬」で芥川賞を受賞した作家・中上健次が、この映画のために実際の事件をもとに脚本を書き、監督の柳町光男と組んで、映画のためのオリジナルストーリーを紡ぎ上げた結果、原作小説を後からなぞった映画とは明らかに異なる、生々しいエネルギーを映像に取り込むことに成功している。いろんなものが化学反応を起こし、変化してゆくような息吹が、この作品にはあるのだ。言わば「バケモノ」のような映画…。

三重県・熊野。ここは海と山が隣り合う小さな村で、漁民と木こりは基本的に親しくしてはならないという掟がある。そんな中、木こりの達男(北大路欣也)は平気で漁師と付き合い、人間が立ち入ってはならない神聖な山の池を裸で泳いだり、ことごとくタブーを破りながらも、少しも悪びれずに胸を張って生きている。そして、妻がいるにもかかわらず、幼なじみの基視子(太地喜和子)と出会ったのをきっかけに情事を重ねている。ある日、この村に公園を建設する計画が持ち上がる。達男の家は広大な敷地を持っており、公園建設の計画区域内に入っている。他の村民たちは立ち退きを強いられるが、自然とともに生きる達男はこれを拒否。掟破りの彼の豪放さも相まって、周囲からねたみの対象となる。ある日、土木作業中にすさまじい豪雨に見舞われた達也と弟子たち。仲間は避難するが、彼はその場に残り、そびえ立つ大きな木の幹と「情交」をはじめる。雨は止み、山の神を征服した恍惚感に酔いしれる達男。火まつりの翌日、達男と同じく自然を愛する彼の母がとうとう家の土地を売り渡すことを決心。文明を嫌い、自然と一体化した生き方しか見出せない達男は…。

熊野で実際にあった事件を題材にし、土着的な神話と人間社会が渾然一体となった世界を艶めかしく描き切った、何ともショッキングな作品である。事実を元にしながらも、非写実的でブッとんだ世界観は、紛れもなく作家・中上健次の心象風景そのものだ。この作品の主役は、明らかに神なる自然。山々や草木などの自然があたかも意志をもち、感情を吐き出し、人間さえもコントロールしてしまうかのような、生命力あふれる描写に圧倒される。そして、北大路欣也の演じる達男の、少しも悪びれることのない超健康体というか、お山の大将的な人物像は、ラストの彼の行動との間に強烈なギャップと不可解さを生むのだ。
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