天豆てんまめ

クワイエットルームにようこその天豆てんまめのレビュー・感想・評価

3.8
映画「クワイエットルームにようこそ」
マニアックに振り切ったら普遍的なカタルシスに辿り着いた高難度G着地の成功作。

精神科病棟が舞台だ。

松尾スズキ×「カッコーの巣の上で」×「17歳のカルテ」と言ったところだ。
で、この映画は面白かった。

松尾スズキ作品はトリッキーかつマニアック過ぎて苦手という固定観念を持っているけれど、この作品はそのトリッキーさを全開にしながらも、素晴らしい役者陣の演技と、人間の業の哀しみと、ラストの抜け感が揃った非常に映画的にも密度の濃い力作だと思う。

絶対にテレビでは放映出来ない、しかも今、時代的に更にコンプライアンスも厳しく、さらにコロナ以降に心身を崩す方も増えている中で、この作品を気軽に笑える人は少ないかもしれない。

私も笑えはしない。きついし、重いし、やり過ぎているけれど、それはそれとして、面白かった。

何よりも内田有紀の振り切った演技も素晴らしく、というよりも彼女の作品で観た中で(そんなに多くは無いけれど)私にとって一番心を揺さぶる演技となった。

そして演技の怪物、大竹しのぶが病棟で内田有紀のメンタルを追い詰める一気呵成の迫力も圧巻。

そして、少女のようなあどけさがまだある蒼井優が拒食症ながらに自分なりの哲学を持つ患者をガリガリに痩せながらも鋭い眼光が光る異様な存在感を発揮して、既に大女優の片鱗を感じさせる。「17歳のカルテ」でいうと、アンジェリーナ・ジョリー(凶暴さを孕む切れ味鋭い精神患者役でアカデミー助演女優賞受賞)をより繊細にした感じで実にうまい。

ちなみに(女優の)りょうも「カッコーの巣の上で」の超厳しいモンスター看護婦長のラチェット婦長の完全オマージュ的にいい。

そして驚くべきは、というか改めて思ったのは宮藤官九郎さんの演技の上手さ。内田有紀の現在の夫なのだが、バラエティで尻を出したり、連れ去られたり、やりたい放題される放送作家で、情けなくとも愛らしい彼が魅せる、回想で何度も繰り返される内田有紀が病棟に運ばれる原因となる睡眠薬のオーバードーズの再現場面での2人のぶつかり合いとラストの行く末まで、彼以上にうまくやれる人はいないと思えるほどにぴったり。

で、なぜ彼だけ宮藤官九郎と呼び捨てにしないのかというと、私は宮藤さんと1年半くらいに渡って仕事をしていたことがあり、宮藤さんの生原稿を読ませて頂いたり、撮影現場での彼の決して怒鳴ることも、怒ることもない、常に面白いことに敏感に屈託なく笑う姿や、いつ寝ているのだろうと思える程に同時に幾つもの作品を抱えて、執筆して、演出して、俳優として演じて、ライブに行って、ライブをやって、本当に尋常ではないノンストップ感を間近に拝見して、私が映画の世界で出会ったクリエイターの方で一番尊敬しているからだ。

で、その師匠にあたる松尾スズキさんもまた、私にとって、、、
いや、全く思い入れはない。むしろ世界観が苦手だった。
宮藤さんも超わかりやすいエンタメ(A)から誰もついていけないマニアック(Z)までA(王道)は無いけど、G(テレビドラマでのあるある)~Q(マニアックな舞台や映画)というふり幅があるけれど(私の勝手なイメージ)、松尾さんは映画でもドラマでも舞台でも、全部マニアックZのイメージだったが、Zの行く末にGの普遍性に辿り着いたこの作品は、
最新作でげんなりしきった「108 海馬五郎の復讐と冒険」より遥かに楽しんだ。

さすが宮藤さんの師匠である 笑