逃げるし恥だし役立たず

大病人の逃げるし恥だし役立たずのレビュー・感想・評価

大病人(1993年製作の映画)
3.0
癌により余命一年となった俳優兼映画監督の向井武平(三國連太郎)が、残りの人生を如何に生きて如何死ぬかと云う人間の葛藤を、入院生活での医師との対立や友情などコメディを交えながら描くヒューマンドラマ。伊丹十三が自らの入院生活をヒントに医療告知や末期医療などの現代医療と死生観の問題を伊丹流に挑戦した意欲作。
癌患者を題材にした映画の撮影中、俳優兼映画監督の向井武平(三國連太郎)に胃癌が発見される。入退院を繰り返す中で自分の病気に気づき始めて、次第に自暴自棄になり、離婚を決意している妻・万里子(宮本信子)や医師の緒方(津川雅彦)を困惑させていく。やがて癌患者と医師との人格同士の衝突を経て、先進医療や延命治療と生死の矛盾の狭間の中で “人間”という存在に対峙して、安らかに死ぬまでが描かれている。
山崎章郎医師の著書『病院で死ぬということ』に触発されて制作された異色作なのだが、御得意の取材力による病院のメカニズムの矛盾点を突いた近代医学への痛烈な皮肉を描いた社会派コメディでも無く、当時最先端のデジタル合成を駆使した臨死体験のシーンも黒沢明の『生きる』の引用にしては工夫が足りず幻惑的な情緒もなく既視感アリアリ(何方かと言えば丹波哲郎の『大霊界』)で死生観を伊丹流に描いたシリアスなドラマでも無く、テーマを絞りきれていない為に中途半端な印象を拭えない。伊丹十三監督が自身の十八番の見知らぬ職業モノの教則本的な娯楽作品以上の映画を撮れない自分の欠点を自覚出来ず、独自の軽快な構成や得意のエピソード挿入などの外連味を捨て去り、監督第七作にして観念の映像化に挑戦しようと云う努力が本作品の最大の敗因であろう。津川雅彦(医師・緒方洪一郎)と宮本信子(武平の妻・万里子)とが旧知の仲と云う設定、生と性への強い執着と云うテーマ、単調で凡庸な本多俊之の劇中音楽も相変らず進歩の欠片もなく、暴力団に襲われて入院した経験を活かした題材が最も平凡な癌患者が題材と云うのは安直で悲しい限りである。
其れでも演者には安定感があり、愛人の神島彩(高瀬春奈)と病院で性行為をしたりと我儘でやりたい放題の三國連太郎と何処かズレた癌と闘う医師の津川雅彦は流石で見事、宮本信子が自らを譲って花を持たせた看護婦役の木内みどりも新鮮で良かった。癌患者に向き合う妻や医師や看護士の苦悩もキチンと描いている処も好印象で、クライマックスの黛敏郎が作曲したカンタータ「般若心経」やラスト手前の病院屋上の夕景やオープニングとエンドロールの風に揺れる森の木々などのシーンは死を受け入れる儀礼のようで素晴らしい。
興行成績も作品評価もイマイチの本編だが、映画会社と互角に対抗するために独立プロで映画を作っていた伊丹十三監督が要となる収益を安易に得られる商業主義の娯楽作品でなく此の様な作品を作った事に深い意味や意義があったと言えなくもないのだが…