大鳥涙

伽揶子のためにの大鳥涙のレビュー・感想・評価

伽揶子のために(1984年製作の映画)
5.0
Amazon Prime Video
ひっそりと公開されて、その後各種媒体に載ることが無かった小栗康平の秀作。戦後復興期にあって、日の当たらぬ世界に生きる人を描き、その切なさは「泥の河」に劣らない。
公開時は大学生だった。外連味のない純愛が安藤庄平さんのカメラに捕らえられ、美しい悲恋に胸を打たれた。寒々とした北海道の夜道、陽光がどこか燻んだ湖上のボート、冷たいアスファルトに耳を当てそっと流す涙、全てが主人公二人を捕えて離さない民族と血縁の業に包み込まれていたのだった。在日でも外国人でもない私には、この二人の心情にストレートな共感を抱くことは難しい。しかしこれらシーンから受ける物哀しさは、二人の心象風景そのものであり、人類普遍の感情なのだと実感した。若い頃感じた本作の悲恋の美しさは、こんなところに立脚していたんだな。
この時代に朝鮮帰還を選ぶ人々が多かった背景と、現在の上皇陛下が御成婚され、日本がひたすら前を向いて進んだ世相を知ると、さらに本作の魅力が高まる。
ラストの主人公は、「泥の河」のラストで去ってゆく廓船と鏡写のようだ。あそこで出会った子どもの名前が持つ意味は実に重い。
以前に機会があって小栗康平監督と歓談した際、彼は本作が最も自分らしく好きに撮れたと語っていた。私にとっても、長い映画生活に残る珠玉の一本。
大鳥涙

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