アフリカ映画の中でエジプト映画というのは比較的諸外国で公開されてきた内に入るだろう。それもそのはず、1940年代から60年代に掛けてエジプト映画の黄金時代がアフリカ映画の世界への飛躍を支えたのだ。この時代の監督として有名な人物はユーセフ・シャヒーン(Youssef Chahine)やHussein Kamal、Salah Abu Seif、Henry Barakat、そして本作品の監督であるシャディ・アブデルサラム(Shadi Abdel Salam)などがいる。ちなみに、本作品は日本で初めて公開されたエジプト映画らしい。
アブデルサラムは1930年3月15日、エジプトはアレクサンドリアに産まれ、1948年に同地のヴィクトリア・カレッジを卒業後、1949年から50年に掛けて舞台芸術を学ぶためにイギリスに留学する。帰国後はカイロの芸術大学に入学し、1955年に建築家として卒業する。卒業後はRamsis W. Wassefの下で舞台セットの製作アシスタントとして働いていた。また、歴史映画『Wa Islamah』『Al Nasser Salah Ad-Din』『Almaz wa Abdu El Hamouly』などで衣装やセット装飾を担当したこともあった。また、イエジー・カヴァレロヴィッチ『太陽の王子ファラオ』にアドバイザーとして参加している。そんな彼の初監督作品で、唯一の長編映画が本作品である。その後も短編実験映画を撮ったり、ドラマのシナリオを書いたり、映画学校で教鞭を執ったりしていたが、終ぞ長編映画を作ることはなかった。