アニマル泉

東京流れ者のアニマル泉のレビュー・感想・評価

東京流れ者(1966年製作の映画)
5.0
日活上層部から「刺青一代」が上限と釘を刺された清順がやけっぱちで撮った作品。低予算を逆手にとって「ならばセットはなしで簡素化しよう」となったらしい。しかし数回挿入される東京タワーバックの立ち枯れをその都度色を変えてレインボーにしたらオールラッシュ試写で怒られてリテイクしたという。清順は恐ろしい。しかもこの後、遂に上限超えの「殺しの烙印」で堀久作社長が激怒して「わからない映画を作ってもらっては困る」と解雇される。清順は「面白い娯楽映画を作っているだけ」と言う。清順は危ない。映画を崩壊させる確信犯だ。
冒頭、一直線の縦構図の貨物線路を奥から「不死鳥の哲」(渡哲也)が歩いてくる、対立する大塚組のリンチをなされるがままに受ける、港に倒れる哲の真俯瞰ショット、ジャンプして貨物の隙間の哲のフレームショットで「これ以上、俺を怒らせないでくれ」そしてタイトル。次々と決定的ショットが清順の「線路」「高さ」「港」の主題と絡み合いながら独特のジャンプのリズムで展開される息を呑むオープニングだ。このアバンタイトルは白黒で最後の足下の玩具の拳銃だけ赤いパートカラーになる。本作は哲がよく歩く。もちろん渡哲也をスターにする企画であり歌謡映画でもあるからだがトップカットから花道を歩くことが運命づけられている。しかも清順だから過剰なのだ。例えば雪の庄内のスタジオセットを「東京流れ者」を歌いながら歩く道行きのショットだ。敵が歌声を聞いて「哲が来た!」と身構える荒唐無稽さは凄まじい。あるいはクライマックスのナイトクラブ「アルル」に哲が乗り込む場面。三角型の縦廊下を奥から哲が歩いてくる。そして怒りの拳銃が火を吹く。「流れ者に女はいらねぇ」「女を連れちゃあ、歩けねぇんだ」ラストシーンは「東京流れ者」が流れるなか、階段の真ん中に佇む哲、ジャンプカットで去っていく哲だ。このラストシーンは緑色の月を出そうとしたがさすがに止めたと清順は語っている。心底恐ろしいシネアストだ。
清順の十八番は「高さ」の主題である。哲が大塚組のアジトであるジャズ喫茶「マンホール」に突入するとエレベーターに落下してしまう。倒れる哲の真俯瞰ショット。本作は倒れた人物の真俯瞰ショットが印象的だ。冒頭の港に倒れた哲の真俯瞰ショット、睦子(浜川智子)が倉田(北竜二)の流れ弾に当たって倒れる場面もいきなり真俯瞰になる。一転して横たわる睦子ごしのローアングルになり、逆上した情夫の田中(郷鍈治)が倉田を撃とうとする拳銃を哲が撃ち落とすとバックの画面が真っ赤になる。ここは清順の至芸だ。「高さ」の主題に戻すと、ナイトクラブ「アルル」は真ん中に巨大な階段と踊り場があるシュールなセットだ。千春(松原智恵子)は階段上の踊り場で気絶する。ジャズ喫茶「マンホール」も階段だらけの建物で、見上げるとダンスフロアがガラス張りになっている。美術の木村威夫がやりたい放題だ。哲が階段を上がって扉を開くと殺された吉井(日野道夫)がずり落ちてくる。本作の「高さ」の主題の圧巻は佐世保のキャバレーの屋台崩しだ。大乱闘の挙句に2階のセットが崩落する。ド派手な「高さ」「落下」の展開である。
一方で「高さ」に対するのが「距離」だ。対決は「距離」が生死を決することになる。哲の拳銃の射程距離は10メートルだ。哲は相手とのギリギリの間合いで走り出し10メートルに飛びこんで拳銃を放つ。白眉の場面は「マムシの辰」との雪の線路での対決だ。哲の後ろから蒸気機関車が迫る。前には辰。線路上の動かない二人。縦構図のショットでギリギリに迫る機関車と辰に挟まれた哲が遂に走り出して飛びこみざまに撃つ。ここで結末はオフになって次の場面にジャンプする。この場面はフォードの「駅馬車」のラスト、ジョン・ウェインが三兄弟との決闘で飛びこんで拳銃を放つ、そこでオフになって心配するクレア・トレヴァーの顔になる場面を思い出した。清順が「駅馬車」を意識なんてしていないだろうが、不思議と響き合っている。クライマックスのナイトクラブ「アルル」の決闘では哲は飛び込むのとは別の「距離」の詰め方をする。拳銃を放り上げるのだ。走り込んで射程距離でキャッチすると同時に拳銃を放つ。拳銃がピアノの鍵盤に落ちてガーンと響くのも素晴らしい。
本作は「色」の仕分けが鮮やかだ。哲は青、そしてラストは真っ白になる。「あしたのジョー」みたいだ。敵の大塚(江角英明)は赤だ。清順によれば赤は前世で一番下なので苦労する人間の色らしい。大塚の電話も赤。徹底している。千春は黄色。流れ星の健次(二谷英明)は緑だ。緑のジャケットが置かれているのを見た哲が健次が来ているのがあからさまに分かるのが可笑しい。
清順のジャンプカットも本作ではやりたい放題だ。前半の千春が誘拐されて哲が助けるくだりはあまりのスピードについていけない。「殺しの烙印」の前半部分みたいだ。
フレームショットも清順印だが、事務所を網ごしに撮るなど徹底している。ミラーショットは割れた鏡に映る「マムシの辰」が効いている。
原作・脚本は川内康範。カラーシネスコ。
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