YasujiOshiba

剥製師のYasujiOshibaのレビュー・感想・評価

剥製師(2002年製作の映画)
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イタリア版DVD。23-32。ガッローネ祭り。ぼくは2回目。

『ドッグマン』や『ゴモッラ』を観てから振り返ると、なるほどここが出発点だったなと思う。ガッローネの舞台は、カンパーニャ州の「ラスベガス」と言われながら、やがて見捨てられてゆくリゾート地のピネタマーレ(Pinetamare)あるいはヴィラッジョ・コッポラ。

『ゴモラ』も『ドッグマン』もこの場所のゲニウスロキが映り込んでいるのだけど、その出発点といえるのかもしれない。ガッローネ自身も、大人数での撮影は初めてだったけど、この場所では毎回新しいハプニングに驚かされたし、ひとつひとつのシーンが唯一無二のものになったと言っている。

また、この映画の背景にも、三面記事的な事件がある。それは「テルミニの小人」として知られるドメニコ・セメラーロの殺害事件(1990)。セメラーロは小人症で剥製師。映画と同じ。ただし殺されたのはローマであり、ナポリのカモッラとの関係というよりは映画関係者との関係があったらしい。

実際、ルーチョ・フルチの『マッキラー(Non si sevizia un paperino”)』(1972)のワンシーンに、ドメニコ・セメラーロがスタントインとして子供の代役として出演していることが知られている。ヌードシーンに子役を使ったとして告発されたのだが、じつは子役は使っていないということで、セマラーロの名前が出てきたと言うわけ。

セメラーロは剥製師をしていたが、その仕事で助けた若者アルマンド・ロヴァーリオと1986年に出会う。すぐにロヴァーリオとセメラロの間で友情が始まるのだが、ある時点でミケーラ・パラッツィーニという女性が出現。彼女とロヴァーリオは感情的にどんどん近づいていゆく。

同性愛者だったと言われながら女性にも関心を持ったセメラーノと、ロヴァーリオ、パラッツィーニには三角関係が生まれ、そこには嫉妬や恨みが立ち上がる。ガッローネが抽出しようとしたのは、まさに複雑な三角関係における三人の心の葛藤だというわけだ。

ドメニコ・セメラロの死体は、1990年4月26日、プラエネスティーナ街道の不法埋め立て地で、ゴミ袋に入れられているのを発見される。殴られ、ヘッドスカーフで首を絞められていた。犯人のロヴァーリョは次のように語っている。

「それはいつものと同じ夜でした。もうダメな地点に達していたのに、ミンモ(ドメニコ・セメラーロ)が受け入れようとしなかった。長い間、彼に言っていたんだ。もう続けられない。ぼくにも人生がある。彼がそれを自分のものにすることはできない。あいだにはミケーラもいた。ぼくは彼女にぞっこんだったし、だからといってすべてが終わるのはいやだった。でも重すぎたんだ、だって… 理由はたくさんある。ある時点でミンモはミケーラに電話した。三人で話をはっきりさせようとというのだ。そのときは、そう言われた時は信じたよ。ともかく話をして、なんとか問題を解決して、関係を修復しようとしているとね。実際には、彼にそんなことははできなかった。むしろ逆効果だった。彼は罵り、脅しはじめたんだ。正気じゃなかったんだ…」。

ロヴァーリオは、その夜にセメラロを殺そうとはしていなかったと主張している。しかし、テルミニの小人がメスを取り出したので、彼も逆上してしまったという。映画ではメスではなく、銃が登場する。そして取り出された銃は発砲せずに終わることがない。

こうしてロヴァーリオは1991年5月13日に殺人と死体遺棄で有罪判決を受ける。彼女のパラッツィーニのほうは、死体遺棄により1年の刑が宣告される。2人は当時それぞれ22歳と21歳だった。

ロヴァーリオはレビビーアの刑務所で高校卒業資格をとり大学で心理学を学んだという。刑期を終え、釈放されると、武道学校を経営したというが、ガローネの映画『剥製師』が公開されるや、「忘れられる権利」を訴えて、映画の差し押さえ訴訟を起こす。そんなロヴァリオは2017年に亡くなったという。49歳。

三面記事としては、ノワールなのだけれど、ガッローネの手にかかると、あっと驚くような美しさをまとい、人間的な葛藤がコミカルにさえみえてくるのだけれど、通奏低音にはグロテスクな暗さが響いているというわけ。なにしろ死んだ動物を剥製にする仕事に惹かれる男たちの話なのだ。グロテスクにならないはずがない。

だから冒頭のアフリカハゲコウ(Marabù africano)の姿が生きてくる。しかも、カメラはこの屍肉食の食性を持つ鳥の視点から、主人公たちを捉えてみせるのだが、動物園のコミカルでさえあるシーンを、まるでホラー映画のように撮影したカメラは、ガッローネ本人が抱えたもの。

ガッローネは、もともと自主映画から出発したということもあるが、自らの最初の関心は絵を描くことだったという。だから〈カメラ=絵筆〉というわけだ。そこに彼の映画の魅力の秘密がある。どんなにグロテスクなものを対象にしても、いや、むしろグロテスクであればるほどに、そこに思いがけない美を見出そうとするのがガッローネ流。

そして、そんなガッローネ流を確立したのが、ほかならぬこの映画だというわけだ。
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