ちいさな泥棒

キナタイ -マニラ・アンダーグラウンド-のちいさな泥棒のレビュー・感想・評価

5.0
警官を目指す妻子もちの青年がフィリピンの闇に飲み込まれるある一夜の物語。結婚式を挙げ穏やかな昼間から知らないネオンへと誘われる車中を長く撮ることで青年との同化がすごく次第に強くなる嗚咽と涙と手汗と震え。もう二度と戻らない"普通"。とんでもない作品…

パッツパツでキラッキラな笑顔をしていた好青年がみるみるこわばっていく。気づくと自分の顔もこわばっている。同じように汗をかいて逃げ出したくなる。昨日と今日で圧倒的に変わってしまった"何か"。それでも日は昇る残酷な現実と幾度となく確認するように結婚指輪を触る仕草が印象的だった。

気づけば後戻りできない事情に巻き込まれているフィリピン版の『冷たい熱帯魚』みたい。ドキュメンタリー風にあえて撮ったのであろう映像や本国では上映禁止らしいのであちらのリアルや日常のひとつだと伝わってくるからこその胸糞と絶望で冷たい熱帯魚がまだ死体に対して愛情があるように思えてきた…セリフはほぼなくて車中を退屈に感じる方も多いようですが、あの感じが私は好きでしたね。

10代の頃夜遊びして彼氏とその友達数人とで自分にとっては未知のネオンの街を車で流れるように走ってた時に、窓からぼんやり眺めてるあの感じを思い出しましたね。いつもはできないような話ができてしまうような独特な雰囲気のある真夜中のドライブ、特に好きなので。期待と楽しみに満ちていた。けど、もしそれが知らないヤバめで気の置けない人達で、どこに向かうかも何をするのかもわからずだったとしたらものっすごい怖いだろうなと想像できたからよかったのかも。



「こういう作品を求めてた…」って自分の映画欲をとても刺激してくれた。娯楽だけじゃなくて現実、リアルを突きつけられる感じがたまらなくいい。この監督作品やフィリピン映画、他にも観てみたいなって思いましたね。