YasujiOshiba

みんな元気のYasujiOshibaのレビュー・感想・評価

みんな元気(1990年製作の映画)
-
イタリア版DVD。ほんとに何十年かぶりに見直す。悪い映画ではないと思っていたけど、これはなかなか面白い。時を経てなお面白いというのがよい。なんといってもマストロヤンニなのだ。それだけで最高ではないか。

昔は分からなかったことがわかる。ものすごくフェリーニ風なところ。これはトルナトーレも自覚しているみたいだが、なにしろ脚本にはトニーノ・グエッラが参加している。そうかグエッラのスパイスが効いているんだ。フェリーニとトルナトーレの橋渡しなんだな。

この話、実は暗い。暗い話なのだけど、そんなに暗いという印象がないのはフェリーニ&グエッラのオブラートが効いているから。人生は嘘から出来ているのだが、真実からでも作り直すことができる。それが、この映画のメッセージなのだろう。あの「ワインは葡萄からでも作ることができる」というセリフには、きっとそんな意味が込められている。

逆に言えば、ワインなんて「葡萄以外のわけのわからないもの」からうまく作れば儲かる。そんな酷い連中に溢れている世のなかでは、葡萄からだってワインは作れるし、それも悪くないんだよという、じつに逆説的な物言い。こういうのはきっと、ピランデッロ的な物言いなのだろうな。そう、ピランデッロのシチリアなのだ。

この映画の映像には、ブラックでグロテスクでシュールな表象がいくつも登場するけれど、フェリーニ的に言えば夢なのだろうし、グエッラ的に言えば詩なのだろう。今回、見直して美しくも怖いと思ったのは、マッテオの悪夢のシーン。太陽が燦々と照りつける夏の美しい砂浜に、空からやってきた真っ黒いクラゲが子どもたちを連れ去ろうとするイメージ。まるで『8 1/2』の悪夢のようであり、『サテリコン』のキリスト教以前の世界のようでもある。明るい日差しの中で起こる恐怖という意味ではシチリア的なのだろう。これもピランデッロ的といってよいのかもしれない。

そういえば、『ニューシネマパラダイス』でトト少年を演じたサルヴァトーレ・カッショが子供時代のアルヴァーロを演じていること。大人のアルヴァーロは写真にしか登場しないのだけど、これを亡ジャック・ペランが演じているのだから、トルナトーレもなかなか粋なことをやる。そして、『ニューシネマ』と同様に、このカッショの演じる子供のアルヴァーロが、じつに重要で印象的な役どころ。いわば、現実と夢と記憶をつなぐ儚い影なのだけど、その少年を、あのカッショくんが実に印象的に演じてくれている。最初見た時は、ぜんぜんそこまで気がついていなかった。まだ映画の見方を知らなかったんだろうな、ぼくは。

それからこの映画に大いに貢献しているのが、やはりマルチェッロ・マストロヤンニの存在だ。主人公マッテオ・スクーロの人物像に、彼は笑いをこらえられなかったらしい。親友の映画監督エットレ・スコラにそっくりだというのだ。うん、たしかに度の強い大きなメガネはスコラそっくりかもしれない。スコラもそうだが、やはりマストロヤンニといえばフェリーニに結びつく。彼が出ているだけでフェリーニがいるように感じるではないか。

モリコーネの音楽もよい。もちろんモリコーネのオリジナルなのだが、テーマはオペラなのだ。じっさい、オペラ好きのマッテオが夢みたスカラ座でのシーンは、劇場に空きがあった唯一の12月26日に撮影され、そこでモリコーネ本人が、マストロヤンニ/マッテオのリクエストに応えて、ヴェルディの『トラヴィアータ』第3幕のプレリュードを指揮している。このカメオ出演は、今回見直して始めて気がついた。いやすごい。

すごいのは、そのままテレフォンセンターのシーンとなって、マッテオはナポリのアルヴァーロに電話をかけるところ。当時、ちょうど留守番録音が普及しはじめていたところで、多くの人があの「ピーと鳴ったらメッセージを録音してください」というセリフに固まったというのだが、それをちょうどエットレ・スコラの『あんなに愛しあったのに』の演劇シーンさながらに、しかも舞台ではなくモブシーンでやってみせる。つまり、動いている大勢のエキストラを一斉にフリーズさせるのだ。

このシーン、どこかで見たことがあると思ったのだけど、なんとトリノのアントネッリアーナ廟の内部だというではないか。現在は映画博物館になっている巨大な廟の内部に、電話センターのセットを組んで撮影したというのだ。シーンはミラノなのだけど、電話センターはトリノのシンボル的な建築を利用したというわけだ。

いやほかにもあるのだけれど、そのうちに追記しますが、ともかくも、この映画、もしかするとトルナトーレの作品のなかで一番好きかもしれないと思ってきた。これまでは『記憶の扉』だったんだけど、あいや、こっちのほうが断然面白いや....
YasujiOshiba

YasujiOshiba