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チリンの鈴のtakのレビュー・感想・評価

チリンの鈴(1978年製作の映画)
4.0
2009年、生息地の美術館で「やなせたかしの世界」展が催された。長男(当時9歳)は未就学児時代にアンパンマンにどハマりして育ったので一緒に出かけた。やなせたかし氏は戦争で正義の脆さと飢餓を経験した。飢えた人を救うのが本当の英雄、甘いものは疲れた人に力をくれる。その経験がアンパンマンへとつながっている。誰も死なない、それぞれのいいところが発揮される幸せな世界。

その展覧会である絵本の原画に目を奪われた。緑色の背景に子羊が描かれた作品、「チリンの鈴」である。1978年にサンリオがアニメーション映画化して、僕は多分映画館で小学生の頃に観ているように思う。タイトルを目にして、おぼろげながら猛烈に悲しい物語を思い出した。タイトルは忘れてもその悲しさだけが記憶に刻まれていたのだろう。原画はストーリーと共に全てが展示されていた。文章を読みながらゆっくりと歩みを進めた。

チリンは羊の子。ある日おおかみのウォーに群れが襲われ、母親は自分をかばって死んでしまう。生き残ったチリンは、ウォーのように強くなりたい、とウォーに弟子入りを頼み込む。数年経って、チリンは得体の知れないけだものに成長した。ある晩、チリンの生まれ故郷の牧場を襲うことにしたウォー。チリンは番犬を退け、羊たちがいる小屋へと向かう。そこで見た光景にチリンの復讐心が再びよみがえる。

これだ。子供の時観たアニメの話だ。やなせたかしだったのか。他の作品にはない、復讐と死を描く悲しい結末に再び触れて、初めて観た時の、心にぽっかり穴があくような感覚を思い出した。無常観と悲しみ、むなしさに彩られた傑作。長男は売店で再び「チリンの鈴」のページをめくっていた。多分、心に響く何かがあったのだろう。

配信でアニメを観られることを知ってウン十年ぶりに再鑑賞。サンリオ映画の幸福な内容を期待していたら、衝撃を受けること必至。若き日の神谷明が「僕は羊だ!」と叫ぶクライマックス。加藤精三演ずる狼ウーの最期のひと言は「巨人の星」の星一徹並みに強く心に残る。昔の子供向けアニメだから技術や演出はその頃らしいクオリティだけど、暗い岩山や成長したチリンのデザインはインパクトがある。そして心に残る作品になり得たのは、やっぱりやなせたかしの物語の力。

初見は公開時の1978年と思われる。鑑賞記録は今回を記す。
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