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英国王のスピーチのtakのレビュー・感想・評価

英国王のスピーチ(2010年製作の映画)
4.5
 2010年のアカデミー賞はデビッド・フィンチャー監督の「ソーシャルネットワーク」が早くから本命視されていた。facebookという時代性によるところが大きかったのだろう。結果は、主要賞をこの「英国王のスピーチ」が受賞することとなった。「ソーシャル・ネットワーク」は、現実世界での人間関係の崩壊を描いた作品。一方で「英国王のスピーチ」は、階級や生まれなど人と人を隔てる様々なハードルを乗り越えて、国王ジョージ6世とオーストラリア人ローグが信頼と絆で結ばれる物語。対照的なテーマだし、もちろん観る側の好みもあるだろうが、「英国王~」は観る人にきっと幸せな気持ちをくれる映画だと思う。映画ファン好みの配役で、しかもやや地味なイギリス映画。だけどこの映画は、楽しいだけでなく、人が忘れちゃいけないことが数多く盛り込まれている。

 人に自信をつけさせること。それはたやすい事ではない。しかも本人がコンプレックスを感じていればなおさらだ。ジェフリー・ラッシュが演じるスピーチ矯正の専門家とされるライオネル・ローグは、吃音の身体的な問題を治そうとする専門家ではない。彼は相手に自信をつけさせ、勇気付けることができる人物である。戦地で声を失いかけた人々や、彼が世話をしている少年も、ローグによって自分を取り戻した。一風変わった彼の治療法や対等に口をきくローグに、一事は国王も嫌気がさす。しかも医師としての資格をもたない彼を英国教会が、国王の補佐にふさわしくないとまで言い始める。だが、ローグはひるまない。それはこれまでに立ち直らせてきた人々がいるという自信があるからだし、自分のやり方に対する信念があるからだ。資格が人を治す訳でもなければ、資格が人にものを教える訳でもない。人を成長させるのは、テクニックではなく、その人に小さな自信の積み重ねをいかにもたせていくかだと思うのだ。ローグ先生は、映画のクライマックスで、演説に不安を抱える国王とラジオのスタジオに入る。最初はオーケストラの指揮者のようにリードしていたが、次第にその手は動きを止め、間をとるために黙って合図を送り、そして最後は目を閉じてスピーチを聴いた。人を導くとはこういうことだ。ユーモアと優しさがにじみ出る、ジェフリー・ラッシュの見事な演技。

 ジョージ6世を演じたコリン・ファース。誠実そうな彼の人柄が、戦時中イギリス国民を支え続けた国王の人柄にも重なる。アル中や障害者を演ずると受賞しやすいという悪しきオスカーの伝統もあるけれど、そんなことを抜きに物事に懸命な主人公の姿は感動を呼ぶ。この映画が素晴らしいのは国王が一人の人間として描かれているからだ。これまでも英国王室を扱った映画はあったが、国王という立場で思い悩む場面はあっても、人間としての弱さや苦悩まで描いた映画はなかったと言っていい。過去の映画に登場した英国王は誰もが自信に満ちあふれていた。力ずくで女を自分のものにし、逆らう側近を退け、兵士達を奮い立たせ、国の為に身を捧げることを誓った。ところが、この映画に描かれる国王は、身分の違いを理由に相手をののしり、いつも不安そうで妻に支えられている。兄が王冠よりも恋を選んだ後、自分が王位を継ぐことが決まって涙さえ流す。しかし、彼はそれでも一途に頑張り続ける。しかもそれは王位を守りたいとか、私利私欲の為ではない。自分自身が乗り越えなければならない壁に、あきらめずに挑んでいる頑張りだ。結局それは王室というプレッシャーと戦い続けることだったのかもしれないが、懸命なその姿は銀幕のこちらの僕らに「あきらめないこと」とはどういうことか教えてくれる。さらに二人の男を支える妻の存在。成功する人物には必ず協力者がいる。ヘレナ・ボナム・カーター演ずる王妃は、最近誰かさんのせいで変な役が多かっただけに(笑)、やっとこの人のいい仕事が見られた気がする。
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