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黒い神と白い悪魔のarchのレビュー・感想・評価

黒い神と白い悪魔(1964年製作の映画)
4.0
大学生時代から観たかった作品だったので、劇場で出会えただけで感無量である。

ブラジルでのヌーベルバーグ、いわゆるシネマ・ノーヴォの先駆けになった作品。スタイルとしても手持ちカメラ、スタジオ外での撮影などが酷似しており、ネオレアリズモからの潮流が世界的に広がっていたことを改めて実感する。
しかしそれぞれの国の特色は当然現れている。本作はかなり西部劇的な印象を受ける映像になっている。もっというとマカロニウエスタン、更にいうとロブルッチのメキシコを舞台とした革命要素のあるウエスタンに近しい。順番としては逆(こっちのほうが先んじている)なので、影響下にある訳では無いが、フランスにおけるパリの路上が、ブラジルでは荒野となることは興味深く、それがマカロニウエスタンとの奇妙な符号を見せていることは面白い。

物語は、地主を殺してしまった夫婦が、逃亡し、安住の地へと逃げるいう話。
実質的に複数のエピソードのオムニバスのようになっている本作は、モーゼの約束の地への巡礼をモチーフとした聖セバスチャン一行の物語や聖ジョルジュ達義賊一行の物語、アントニオ・ダス・モルテスの追走劇など、複数の異なるテイストが絡み合い、独特な雰囲気を醸し出している。
個人的にはアントニオ・ダス・モルテスの場面や序盤で象徴的に謳われる歌が本作の掴みどころのなさを加速させ、尚且つ面白い作品にしていると感じた。あれはいわゆる英雄譚を語る吟遊詩人の歌のように機能していたと思う。

この映画は「正義」は我にありと考える者が多く登場する。義賊や彼らを追う殺し屋などがそれに該当するが、だからこそその「正義」を担保するような歌は作品の意図に沿うのだ。
クライマックス、両雄はぶつかり合う。主人公はというと奥さんを連れて海へと走る。私は勝手に『勝手にしやがれ』ラストのベルモンドの背中を思い出していた。奥さんも置いていき、それでも海に向かうあの無常観が鮮烈なイメージとしてこびりついた。

映像は『カラビニエ』や『デッドマン』を思わせるモノクロ。『デッドマン』は別に手持ちカメラという訳ではないのだが、両作のアレゴリー的な特性とモノクロのハマり具合として、頭に過ぎったのだろう。
また特筆したいのはパンショットの使い方。広い荒野を大きく使った立体的な人物配置の面白さ。呆けていたり、俯いていたり、よく分からないが画面端、或いは外側には居てパンすると直ぐに画面に映り込む。
障害物のない空間だからこその異質なショットになっていて、アレゴリー的な特色をさらに強めていた。
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