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忘れえぬ慕情のakrutmのレビュー・感想・評価

忘れえぬ慕情(1956年製作の映画)
4.2
フランス人の造船技師が日本に赴任して呉服屋の娘と恋仲になるが、以前に恋人であったフランス人の作家が日本に訪れたことで恋心が再燃するという三角関係を描いた、イヴ・シャンピ監督のオール日本ロケによるラブロマンス映画。もともとは、トマス・ロオカが日本に滞在していた頃の経験に基づいて執筆した小説が原作らしいが、戦前の日本を描いていることもあって脚本化の際に大幅に改変されたため、映画の中では原作としてクレジットされていない。なお、脚本には日本から松山善三が参加している。

映画の中でも世界の果てという台詞が出てくるが、東アジア地域をFar East(極東)と呼んでいた当時は日本に関する情報も乏しかったフランス人に日本を紹介するという意味合いもあって、着物、和室、生魚料理、浄瑠璃、地震などの日本文化を描くことに時間が割かれている。日本側(松竹)も製作に参加しているので、ガイコク人からみたとんでも日本のようなシーンはほとんどないが、日常で女性が全員振袖を着ていたのはちょっと…。ロケ地として大阪や宮島(厳島神社)なども出てくるが、本作の舞台は長崎である。ストーリー的には長崎であることの必然性は感じられないが、長崎が選ばれたのは被爆地ということが大きいのかもしれない。被爆は本作の内容には関係ないが、後半の内容や結末を被爆と結びつける解釈もあるようである。

日本紹介に時間が割かれているために恋愛映画として深みがあるわけではないが、主人公の男性をめぐる女の戦いとその後の悲哀がメインストーリーとなっている。本作の見どころは、二人の女性を演じた岸恵子とダニエル・ダリューが、お互いに静かに火花を散らす姿である。特に、ホテルの一室で岸恵子がダニエル・ダリューに啖呵を切るシーンが印象に残る名場面だろう。イヴ・シャンピ監督から見た日本人女性の印象が反映されているかもしれないが、映画の前半ではどこか可愛い子ぶった岸恵子の演技がちょっと気になっていたが、恋敵が現れてからの毅然とした態度はなかなかのもの。あのダニエル・ダリューと堂々と張り合うなんて、さすが岸恵子である。この映画がきっかけとなって、翌年にイヴ・シャンピ監督と岸恵子は結婚する。また、ダニエル・ダリューの着物姿など、日本文化に触れる姿も貴重かも。

主人公の男性を演じたのは、ジャン・コクトーの恋人として有名なジャン・マレー。元々はジェラール・フィリップがこの役を演じる予定で進んでいた(ジェラール・フィリップ本人も同意していた)が、他作の出演契約のために一年以上も撮影が先になることを嫌がった松竹側が、別の俳優での撮影を望んだそうである。個人的には、ジェラール・フィリップと岸恵子の共演を見たかった。脇役であるが、日本人女性と結婚して日本で生活する外国人として、ドイツの大俳優であるゲルト・フレーベも出演しているなど、出演者は豪華である。日本からは、岸恵子の妹役として野添ひとみ、日本側の技術者として山村聡、岸恵子が経営する着物屋の古くからの従業員として浦辺粂子などが出演している。

もう一つ言及すべき見どころは、最後の25分くらいの台風シーンであろう。台風が直撃する長崎を描いた迫力あるシーンは、ディザスター映画としても成功している。自動車で拡声器を用いて台風予報を伝えたり、デパートが避難場所になっていたりと、当時の台風事情も興味深い。アクション映画に多く出演していたジャン・マレーに合わせて、最初から脚本にあった台風シーンを発展させたとのこと。そのためにフランス語の原題は『Typhon sur Nagasaki(長崎を襲う台風)』と、ディザスター映画としての本作を前面に出している。
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