半兵衛

バニシング・ポイントの半兵衛のレビュー・感想・評価

バニシング・ポイント(1971年製作の映画)
4.5
どんな障害があっても車を止めず天まで走りきった彼は伝説になった。

車に乗って気持ちよくスピードを出しているとき、パトカーに違反を咎められたら腹が立っても立ち止まり罰金を支払う…大抵の人ならそうしているはず。しかし本作の主人公コワルスキーはパトカーや白バイに追いかけられてもスピードを止めず、ひたすら目的地に向かって走り続ける。そんな彼の姿は本来の目的である目標の土地に指定された日時までたどり着けるかという賭け行為を超越し、目に見えない世界を目指してひたむきに走る修行者のよう。パトカーやスピード勝負を挑んできた車に対してスピードで追い越しても暴力行為を奮ったり挑発したりせず、乗っていた人たちの安全を確認してからまた車に乗って走り飛ばすのも彼が自分の欲求や暴れることを目的とする人間でないことを証明している。

きっとコワルスキーは、日常を飛び出してひたすら車で疾走しどこまで行けるのか試したかったのだろう。我々はそんな希望をゲームや空想でやり過ごし日常と折り合いをつけるが、彼は本当にやってしまった。同時に警察に追いかけられているときもう日常の社会に戻れないことも覚悟したはず。主人公が車で疾走している最中、過去のことをいくつか回想しているのは彼の達観した表情といい観客への説明というより死ぬ前に自分の人生を振り返っているかのよう。実際結末は冒頭で示唆されていた。

それでも微かな光を見つけたコワルスキーはひたすらそこへ走っていく。その行為はこの世からの消滅を意味しており愚かな行為でもあるし単なる馬鹿とも言える。わずかな可能性を信じて車を走らせてその遠い場所にある光を掴みたい欲求は妥協している生きている人たち、少なくとも私にはそれでは片付けられないかつて自分が捨てたものを見ているようで胸が込み上げてくる。

彼の魂と愛車チャレンジャーはきっと、今も荒野を走り続けているに違いない。彼の魂に強くひかれ、記憶を残している人たちがいる限り。

車載カメラの使い方が素晴らしく、本当に車に乗ってカーチェイスを体感しているかのよう。そして本当にチャレンジャーをフルで走らせて川で分断された道路をジャンプする凄さ。こうした生々しい迫力が他の車映画には無い魅力を持つ作品に仕上げている。

あとカーチェイスを目撃する一般人の表情を捉えるのが上手くて、本当にその場にいて見ているような顔をしている。こうしたリアルな空気が映画の世界観に生の風を送り込む。

寡黙な主人公の代わりの感情を代弁するかのように流れる、サウンドの数々も最高。
半兵衛

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