半兵衛

霧笛の半兵衛のレビュー・感想・評価

霧笛(1934年製作の映画)
4.0
1920~30年代の邦画界には、巨匠と呼ばれ話題作を次々と放った村田実という映画監督が存在した。だが残念なことに彼の監督した作品の大半が消失してしまい、早くに亡くなってしまったこともあり現代の映画ファンからは数少ない現存作品で松竹が本格的に製作した『路上の霊魂』の監督としてしか認知されていない(もっとも、当時は映画監督という概念が曖昧で実際は総指揮の小山内薫が監督的立場にあったという説もある)。

今回鑑賞した『霧笛』は完全な状態による貴重な村田実作品ということで楽しみにしていたが、明治初期の横浜を舞台にならず者と酌婦、酌婦を愛人にする外国人による愛欲の三角関係をアクションを交えてエキゾチックに描く語り口は流暢かつ美麗でサイレント映画としての完成度は高くて巨匠の才能の片鱗をまざまざと見せつけられた。

冒頭外国人居留地だった横浜港町の風景を外国人、横浜ロケの映像、貧しい日本人の生活を交差に映し出し映画の雰囲気を観客に伝える話術で一気に引き込まれる。そうした演出に加えて邦画黎明期に活躍した青島順一郎の蝋燭の火やランプの明かりを生かした美しい映像や、後に溝口健二作品で活躍する水谷浩(本作では水谷浩司名義)の明治の風俗を濃厚に醸し出す美術も見事で映画の世界を一層芳醇にしている。

愛と侠気、そこに割り込む欲望がクロスした果てに迎えた降り続く雪と船の煙とともにはかなく消えていくラストが心に残る。

主役の与太者を演じる中野英治の、ルパン三世に通じるバタ臭い顔立ちと格好がエキゾチックな物語にぴったり、ヒロインを演じる志賀暁子も訳ありな女性像をアダルトなエロスを出しつつ好演している。そして外人役を違和感なく演じる菅井一郎の熱演も見所。

ちなみに今回は上屋安由美氏によるピアノ演奏付きで鑑賞したのだが、彼女の映画のリズムを心得た演奏が素晴らしくて作品のムードを高めつつより劇中の世界に入り込むことが出来た。やっぱりサイレント映画は音無よりも当時のように弁士か演奏があったほうが雰囲気があるな。
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