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戦争と人間 第一部 運命の序曲のakrutmのレビュー・感想・評価

4.0
昭和初期から太平洋戦争に至るまでの中国と日本を舞台に、軍部との癒着を強めながら事業の拡大を画策する新興財閥・伍代一族やその周辺の人々の人間ドラマを描いた、五味川純平の同名小説を原作とする山本薩夫監督の戦争ドラマ三部作の第一部。業績悪化が止まらない日活が社運を賭けて製作して、ダイニチ映配が配給した超大作で、興行的には成功したが、それでも凋落を止めることはできず、元々予定していた四部作の4作目は断念した。

本作で描かれるのは、1928年(昭和3年)の張作霖爆殺事件の直前から1932年(昭和7年)の(第一次)上海事変までである。三部作の第1作目ということもあって、伍代家の面々を紹介していくとともに、伍代財閥に雇われて勢力拡大を図る人々、そして労働者の権利を訴えるプロレタリア階級の人々を群像劇風に描いているとともに、ラブシーンも(おそらく)意図的に盛り込んでいる。五味川純平作品の映画化と言えば『人間の條件』が有名であるが、『人間の條件』と本作とでは性格が大きく異なっている。『人間の條件』は戦争に直接関わる主人公が感じる自身の信念と立場の狭間で揺れ動く苦悩を描くことで戦争を批判するメッセージ性の強い映画であるのに対して、『戦争と人間』は戦争を背景としてある一族の運命をドラマティックに描くという、山崎豊子の映画化みたいな娯楽性の強い映画である。(実際、山本薩夫監督は『白い巨塔』や『華麗なる一族』など山崎豊子作品の映画化も手掛けている。)

キャストが豪華という点も見どころかもしれないが、ちょい役でしか出てこない俳優(例えば、石原裕次郎、二谷英明、松原智恵子)もいる。本作の中心となる伍代家の面々(の多く)は、日活で主役を引き立たせる脇役として活躍していた俳優が演じているので、見た目よりは地味であるが堅実な作りの映画と言える。伍代家の面々のキャラも立っている。伍代家の当主・由介(滝沢修)は、弟の喬介(芦田伸介)とともに、戦況を巧みに利用して新興の伍代財閥の勢力を拡大しようとしている。満州支社を任されている喬介は、汚い手を使うことも厭わず、怪しげな何でも屋のような裏の人物(三國連太郎)も雇っているという悪役キャラであるが、自分で手を下さない由介のほうは(第一部ではまだあまりわからないが)そこまで悪役になり切れない面も持っている。由介の長男・英介(高橋悦史)は女たらしで悪キャラなのに対して、次男・俊介(中村勘九郎、第二部からは北大路欣也)は赤狩りで逮捕された兄を持つ少年・標耕平と出会うことで世の中や伍代家に批判の目を向けるようになる。長女・由紀子(浅丘ルリ子)は冷めた目で人生を達観しているが、次女・順子(第一部では子役、第二部からは吉永小百合)は純粋に標耕平に惹かれていく無垢な存在である。

個人的に最も素晴らしいと思った俳優は、伍代家の次男を演じた、15歳くらいの(18代目)中村勘九郎。かなり小さい頃から映画、テレビ、舞台などで子役として活躍していただけあって、大人になってからもほとんど変わらない顔立ちで、伍代家や自分自の恵まれた境遇に批判的になっていく純朴な少年を見事に演じている。それから、中国の大富豪の娘を演じた栗原小巻が話す片言の日本語がなぜか印象に残った。
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