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ベンジャミン・バトン 数奇な人生のmazdaのレビュー・感想・評価

4.5
老いた赤ん坊、赤ん坊のような老人のベンジャミンバトンの生涯。

映画にこんなにはまる前に見た映画は、今見ると感じ方が変わっていて、好きだと思ってたものも、こんなものかと思うことがあったりして、かなり好き嫌いが分かれるこの映画のいろんな評価を改めて見ると、自分がつけてた評価を見てちょっと高すぎなのかなあと思ったりして久しぶりに見直した。
もともと高い評価にしていたけど、久しぶりに見たら下がるどころか上がってしまい、レビューも書いてなかったから再投稿。

恋人でも好きな人でも学生時代でも子供の頃でも、本当に本当に"良い時"というのは一瞬しかない。
大切な人ならダメなところも含めて一緒に歩みたいと思うもの。悪かった時も含めて良い時間だったと感じるもの。
でも現実的な話、互いが良いと思いあっていても少なからずの温度差があって、両者が同じ温度で良いと思える、その瞬間が重なる時というのは長い人生の中でほんの少ししかない。

"その時"を過ごしている時はそう思わない。苦痛ほど長いと感じるものだし、早く過ぎ去ってほしいと思う出来事だってある。それでも過ぎた時、終わってしまった時にはそれまでの事が一瞬の出来事に感じる。それが楽しかったことであればあるほど、ほんの少しに感じる。

『ニンフォマニアック』で語られる絶頂の瞬間と少し似ているかもしれないと思った。
絶頂の瞬間にいたるまでは、知り合い、興味を持ち、さらにそういう関係をもってからも、その瞬間にいくまではある程度時間がある。全ての工程を吹っ飛ばして絶頂にたどり着く例外もあるけど、どんなに過程が違っても共通することは、絶頂の瞬間は一瞬にして終わり、2人が同じタイミングでいく瞬間はもっと一瞬でしかない。
仮に知り合ってから絶頂までの過程の全てを良いと思えても、やっぱり最高到達点というものは必ずあって、その到達点で過ごした時間というのは、この映画でいう彼等が同じくらいの歳(外見)を迎える時のことだ。

山に登れば必ず下りる時がやってくる。どんなに大切にしていても物は劣化する。絶対王者と言われるスポーツ選手も徐々に老いていつか抜かされ、同じ活躍はできなくなる。生まれた物には必ずいつかなくなる時がきて、良いものは永遠には続かない。でも長く続かないものだからこそより一層良いと感じるのかもしれない。

だから何でもないかもしれないその瞬間がどれだけ大切なのかということを言っている映画だと思う。
167分の映画と聞けば長く感じる。けど1人の人間が誕生して死ぬまでと考えれば短すぎる。全ての物語に言えることだが必ず描かれていない時間がある。映画にも本にも人の話にも、どれだけ時間をかけて語っていても必ず何かがはしょられていて、はしょられたところにも物語があり気持ちがあり繋がりがある。
描かれないところまで無意識に想像させる映画が大好きで、この映画は登場するあらゆるひとの立場で聞きたくなる話だった。
人生の素晴らしさがつまりまくってると思う。『アデライン100年目の恋』とかでも感じだけど、老いることって恐ろしくもあり、とんでもなく美しいことなんだと思った。大好きな映画だなあ。
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