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釣りバカ日誌12 史上最大の有給休暇のtoncoのレビュー・感想・評価

4.9
小学校教論だった父はとても寡黙で、明朗快活でおしゃべり好きの母とは真反対に友達も片手で数えるほど。そんな父の趣味は釣りである。ガレージには釣り道具のコレクションが並び、そこでチマチマ仕掛けを作る時間が至福の時らしかった。

そんな父の夢は、定年後、田舎の出雲に引きこもって読書したり釣りしたりしてのんびり過ごすことであった。父の故郷は徒歩30秒先には日本海が広がる、釣り好きにはたまらないところなのだ。日ごろ漫画を読まない父が、唯一コレクションしているのが「美味しんぼ」と何を隠そう「釣りバカ日誌」である。

しかし10代の頃、私はこの「釣りバカ日誌」にほとんど興味を持てなかった。漫画も映画も何が面白いのか当時の私にはまださっぱりだった。映画「釣りバカ日誌」は、「寅さん」に次ぐ松竹の看板シリーズとして、実にファイナルの20章まで製作された人情コメディである。父も還暦を過ぎ私も30代半ばを迎えた今だからこそ、この映画が名作として語り継がれる所以がよく分かる。

それでこのシリーズ12であるが、大変な傑作であった。といってもきっと2年前の私が見てもあまり何も感じていなかったろう。

物語は、鈴木建設の釣り同好会の会長である高野常務(青島幸男)が定年を迎え、「生まれ故郷の山口県荻市に帰り長年の夢であった釣り三昧の日を送る」…と同好会副会長のハマちゃん(西田敏行)に告げるところから始まる。

高野常務は、鈴木建設の社長であるスーさん(三國連太郎)が、将来は自分の後釜にと信頼を寄せていた腹心。スーさんは何とか考えを改めてくれと懸命に説得するが、それでも高野常務は、自分の定年後の生き方はずっと決めていたと譲らない。

既にこのあたりから私の涙腺は崩壊しかけである…。

なぜならこの青島幸男演じる高野常務の理想の生き方や考えが、私の父にそっくりだからだ。父もずっと釣り三昧の生活を送るのが夢だった。しかし結局、真面目に働きすぎたのか、体を壊し、とても釣りにいけるような体ではなくなってしまった。

萩に引きこもってからの高野常務は、一日一日をゆっくりかみしめて、本当に幸せそうに描かれる。一方まだ少し未練のあるスーさんは、山口出張にかこつけて高野常務の様子をうかがおうと画策し、ハマちゃんを強引に誘って萩を訪れるのだが…


ここからは盛大なネタばれも含みますが、備忘録として。











高野常務が腎臓の病と知らされ、見舞いに向かうスーさんとハマちゃん。駆けつけた甲斐あって、幾分か元気を取り戻す高野常務。また釣りしよう、と笑顔で誓い合う。ところがその約束が叶うことはなかったのである…。

知らせを聞いて慌ただしく萩へ向かうハマちゃんの様子に、釣りが繋げた深い絆を感じる。スーさんの弔辞のシーンに至っては、嗚咽止まらず…。40年、会社の成長を一緒に支えてきた仲間が、やっと手に入れた夢の時間を、こんなにあっさりと手離すことになる、悔しさとやるせなさ。高野君、聞こえてるか?とやさしく問い、うなずくシーンは、三國連太郎の芝居がうますぎて、息ができないほど胸が詰まる。


そして、船上の散骨。父もずっと口を酸っぱくして言っている。自分が死んだ時は、墓も作らなくていい、全部故郷の海に撒いてくれと。釣りを愛し海を愛した人はみんな同じ思いなんだろう。

しかしこんな悲しい気持ちのままでエンディングなんて…と思っていたら、やっぱりハマちゃんがやってくれる。散骨中に、どうしても海を前に釣りを我慢できなくて、大物を釣っちゃうのである。このシーンには本当に救われた。スーさんの弔辞は、どうしても悔しさの方がにじみ出てしまって、お見送りどころじゃなかった気がしたけど、このハマちゃんの釣りバカぶりを見て、高野常務はようやく笑顔で天国にいけたように思えたなぁ。非常識な!と嗜めていたスーさんも、最後は同じ気持ちになれただろう。だからみんなハマちゃんが好きなんだよな。


人情コメディ映画だけども、日本社会の風刺のようにも思えた回だった。高野常務のように、身を粉にして働いて、最後は病を患って…という日本人はきっとたくさんいるだろう。

もちろんその人生が幸せだったという人もいるだろうけど、一方で、ハマちゃんみたいに、大好きな趣味のために生活のすべてを注いで生きていけたら、幸せだよねぇという問いかけのようにも思える。しみじみと生き方について、そして幸せな死に方について考えさせられた時間だった。
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