kuu

なくもんかのkuuのレビュー・感想・評価

なくもんか(2009年製作の映画)
3.0
『なくもんか』映倫区分G.
製作年2009年。上映時間134分。

幼いころに生き別れ、互いの顔も知らずに育った兄弟と、二人を取り巻く周囲の人々が織り成す人情コメディー風。

『舞妓 Haaaan!!!』の水田伸生監督、主演の阿部サダヲ、脚本の宮藤官九郎(個人的にはサブいギャグやし、しかも俳優さんにお笑いを演じさせるとこがどうも苦手かな、チョッとならいざ知らず)のトリオが再び顔を合わせ、不幸な生い立ちの兄弟の再会劇を、笑いと涙を交えて描がく?尻切れトンボになってしまってる作品かな(クドカンを冷遇してる)。

お人好しの兄を阿部が演じるほか、人気お笑い芸人の弟を瑛太が、兄の幼なじみを今は亡き竹内結子が演じてるし、明後日は命日それだけで哭けてくる。
家族のきずなをテーマにした物語かな。
ハートフルなんやろけど詰めが甘い。

幼い頃父親に捨てられた祐太(阿部サダヲ)は、東京下町・善人通りの惣菜屋『デリカの山ちゃん』の店主夫婦(カンニング竹山はダマっとったら頑固一徹の味がある。と、いしだあゆみ)に養子として育てられ、今では2代目店主となって商店街を盛り上げていた。
そして密かに思いを寄せていた初代店主夫婦のひとり娘・徹子(竹内結子)と結婚にこぎつけた。
個人的には、祐太と徹子の紆余曲折を描き、結婚するかしないかに揺れ、彼らの幸せは(入籍するか否かは)観てる側に任せてエンディングを迎えて欲しいとこやのにアッサリ入籍、甘いねんなぁ。
ほんで、祐太は、生き別れた弟で人気お笑い芸人『金城ブラザーズ』の祐介(瑛太)の存在を知り、再会を果たすが。。。

この作品は、脚本が宮藤官九郎と云うことで、食わず嫌い的に避けてきた。
サムいギャグ(いしだあゆみにギャグさせんなよ)には辟易したけど、そんなもん覆す(覆すまではいってないかも)役者力ってアチコチに感じた。
なんと云っても、竹内結子。
贔屓目かも知れんけど、画面に彼女が出てきたときに空気が変わった。
変わったように感じた。
凛とした美しさで、圧倒させたかと思えば、花のような笑顔でふわっと明るく和ませてくれる。
最近の邦画女優でも稀なオーラが漂ってた。(昔の銀幕スターにはそんなオーラを纏った方々が沢山おられるが)
いしだあゆみ にも、竹内結子は活力でおぎなって負けない光背すら醸し出してた。
とは云え、それが素晴らしい作品やったか、否かは、別のモノで、ギャグは相変わらずクドカン節でストーリーもハチャメチャやし、ハマればオモロイんやろけど、私的ながら物語としても、もし文章だけ読んでたら三文小説でしかない。
しかし、それを役者は何とか我慢しながらも補ってたことに、小生も『なくもんか』と思いつつもエールは贈りたいかな。

宮藤官九郎の笑いが、現代の笑いの風潮なら、小生が間抜けなんやろなぁと。
芝居や舞踏、漫才などで『間』てのは、時代背景で変わるとは思う。
しかし、相変わらず芸人達の、お笑いのヒエラルキートップに君臨してるのは、昭和の芸人たち。
何故やろか。
『間』てのは、音や動作の休止の時間的長短のことで、拍子やテンポの意味にも用いられてる。
『間が抜ける』ってことは、
『拍子抜けする』
『調子が崩れる』ことやし、テンポが合わないことを意味であるから、
小生の主観においては間抜けはクドカンで、客観的社会的潮流で見たら小生が間抜けにほかならないんやろなぁ。


2020年09月27日に示寂され明後日は命日。
竹内結子さんの冥福をいのります。
kuu

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