ベルサイユ製麺

聖者の谷のベルサイユ製麺のレビュー・感想・評価

聖者の谷(2012年製作の映画)
3.5
インド映画、一応話題に上るものは観るようにはしていたのです。『ロボット』とか『マッキー』とか、『きっと、うまくいく』とか。で、その度に面白いなーとは思うのですが、特に興味をそそられるのはエキゾチシズムの部分で、例えば漫画的な世界観であったり、日常描写とシームレスに大演舞が始まったりするところとかで。他意はありませんがまるで他の惑星の文化を見ているようで楽しかったのです。ですがどうしても受け入れ難いのは、時間の流れの違いです。とにかく長い…。脳は楽しくとも、身体が飽きてしまうのです。なので、どんなに面白いのだと分かっていても、もうインド映画は観なくて良いと、つい最近(含み)決めたところだったのです。
私の決意は長く続かない事に定評があり、結局あっさりと観てしまいました、インド映画…。なにしろ今作の、娯楽性の薄そうなパッケージアートに内省的な響きのタイトル。サンダンス映画祭で賞を取っていて、さらになんと80分台!と全く知らなかったインド映画のマナーで作られているようなのです。観たい!知りたい‼︎

今作は言わば、青春映画のユニバーサルデザインに則って作られたインド映画という感じです。
まるで終わりが無いかのように思えるカシミール紛争による不安と閉塞感の中、親友に促されるまま故郷と父を捨て都市部に旅立とうとしていた主人公の青年は、偶然出会ったアメリカ帰りの美女に一目惚れします。彼女は湖の汚染実態の調査のためにこの地域に訪れていたところで、下心から彼女と行動を共にするうちに主人公の青年の心情にも変化が現れます。
取り立てて取り柄も目標も無い青年が、新しく魅力的な価値観と、故郷・友人・家族への愛との間で揺れる様をリアリズム重視で描いた作品です。プロットだけ抜き出せばいささか平凡で、仮に邦画で作られていたら、恐らく敢えて観ようとはしない内容です。しかしこれがインドの現実を描こうとした作品となると、全てが新鮮に思えてきます。
恵まれない環境での陰鬱な暮らしも、子供のようにじゃれ合う青年たちも、酷く汚れた湖も、他のインド映画では見たことのないものでした。そして、ビビッドに描かれる人々の心情はとても自然に共感出来ます。素朴で、侘しくて、美しい。これこそ自分が本当に観たかったインドの映画です。

劇中での主人公の決断の様に、良いものは良いと認め、柔軟且つ注意深く選択しないと大事な物を見失ってしまうのだと改めて認識させられました。本当に観てよかったです。