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アクトレス 女たちの舞台のnetfilmsのレビュー・感想・評価

アクトレス 女たちの舞台(2014年製作の映画)
4.1
 冒頭、フランスからスイスへ向かう道中、様々な情報が大女優とマネージャーの元に舞い込む。この携帯電話の電波が微弱な中での不毛なやりとりを、アサイヤスは幾分しつこく強調し観客に提示する。我々が生きているのは紛れもない2015年であり、女優にとってもマネージャーにとってもそれは同じである。そこでかつての恩師のような存在である演出家の突然の訃報を受け、ビノシュは狼狽する。今作でもこれまでのアサイヤス作品のように、主人公はいとも簡単に国境を突破していくのだが、その国境越えの時間に思いの外時間を割く。映画自体は3つの章に分かれており、第1章ではかつての恩師の訃報から舞台のオファーを受けるまでを克明に描写する。シャネルの衣装協力による胸元の開いた黒のドレス、恩師の訃報に際し、スピーチの壇上に上がる大女優のまばゆいほどの輝きがスクリーンから放たれる。『ランデヴー』の頃にはまだまだ初々しい存在だったビノシュの国際派女優としての輝きや、30年間の軌跡をアサイヤスは余すところなく描き切り、ビノシュもそれに応える。かつて『ランデヴー』ではロミオとジュリエットのオーディションの際、ジュリエットの実年齢である14歳を超越する存在として彼女は合格し、主役の座を掴むが、今作ではむしろ中年のパートナーに指名されるのも面白い。彼女は年齢を超越していない。

 第2章ではそれとは一転して、中年のヘレナ役を引き受けたことへの後悔と葛藤が画面を覆い尽くす。第1章での女優としての華やかなオーラとは一転し、かなり素っ気ないファッション、化粧っ気のない表情、率直で飾らないジュリエット・ビノシュの姿にかなり困惑する。観客に見られることを常に意識した大女優然とした姿から、普通の50代の女性としての素の表情への変化。若い女優への嫉妬の感情は頂点に達し、嘲笑と皮肉の入り交じった感情へとつながっていく。負けず嫌いな女優の普段の鍛錬の様子がマネージャーとの台本読み合わせの中で詳らかにされていく。今作は確かにビノシュが闇を抱えていることは間違いないのだが、クリステン・スチュワートやクロエも心の闇や苦悩や葛藤を抱えているる。それらが頂点に達し、3人のうちの1人がある特殊な方法で映画からいなくなる。アサイヤスの映画では時として、この大切な人物の不在が劇中で大きな影響を及ぼしていた。『クリーン』や『夏時間の庭』ではその誰かの不在が逆に家族というものを考えさせる契機となり、『レディ・アサシン』や『カルロス』は作劇上の理由で、主人公の元から大切な存在が消えた。『ランデヴー』では愛し合った男が交通事故の名目で自死し、彼女の前に何度も幻視として現れ、ビノシュを悩ませ続けた。

 今作では深い葛藤を抱えながら物語にのめり込んでいくうちに、その苦悩や葛藤を抱えきれずに女は去る。この三角関係の崩壊・破綻からビノシュの大女優としての再起の瞬間までが実にドラマチックで目が離せない。真に予測不能なストーリー展開、スイスの雄大な山々を背景に描かれる意表を突く展開に心奪われる。主人公たちはスイスの山の頂上で、ヘビのような形をした雲を見るのだが、2回とも肝心の雲を見ていない。1度目は稽古に夢中になっているため、その奇跡のような雲の出現を見逃し、2度目は真に驚愕する展開を迎えたために奇跡を見逃してしまう。映画は謎や神秘性を帯びながら、ある種の高みへと昇っていく。
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