Rob Reiner監督による日本劇場未公開作。
”The Bucket List”(2007)
”The Magic of Belle Isle“(2012)
”And So It Goes“(2014)
いずれもロブ・ライナー監督作なのだが、これの邦題が酷すぎる。
『最高の人生の見つけ方』
『最高の人生のはじめ方』
『最高の人生のつくり方』
何も知らなかったらシリーズものかな?と勘違いしてしまう。いや、恐らく敢えてそう見せようとして邦題をつけたに違いない。
一発目の『最高の人生の見つけ方』がヒットしたからだろ?だから、敢えてやってるんだろ?
こういう姑息なことをするだけで、見る気が失せるからやめたほうがいい。
あれを気に入ってくれた人は、また見てね!ってなもんで…安易な宣伝商法に腹が立つ。
そんなことするから、3本目には日本で公開することなく終わってしまうんじゃないの?
さて物語の話を…。
説明台詞をわざわざ使って懇切丁寧に分かりやすく、カット割りも奇をてらうことなく超無難で、それが何とも古臭く感じてしまう。
○豪邸
Michael Douglas演じるオーレン・リトルが住んでいたが、売りに出していて、自ら営業してお客に売り込む。
その接客中に息子が乱入してきたので客は帰ってしまう。
息子
「俺の部屋は?ヤク中の写真は飾れないか…」
父
「何しに来た?」
息子
「母さんが死んで10年だし、墓参りに来た」
んーこれはこれで、なんの工夫もないんじゃないかな?息子にいまの状況を語らせちゃうというのは…ヤク中であった息子と、母が死んで10年という物語上の設定をハッキリと示したかったんだろうけど…台詞で済ませるという安易な選択は、いかがなものかと。
「何しに来た?」
「墓参り」でいいと思う。
わざわざ説明するかのように「母さんが死んで10年」は要らない。そんなことは言わなくても妻が死んで10年ということは当然父にだって分かりきっているのだから。
もうボケちゃってるというなら、敢えて言うのもいいとは思うけど…そうじゃないよね?
「俺の部屋は?」で、いいのに、わざわざ「ヤク中の写真は飾れないか…」と。それは見ている客側に説明するためだけに言わせているよね?
そんなこと言わなくたって、父は息子がヤク中であったのは周知の事実でしょ?いちいち「ヤク中の写真」って言わないだろ?
息子
「母さんが死んで10年だし、墓参りに来た」
父
「丘で転んだ時の傷だな」
息子
「墓が山の上だから」
父
「あれは丘だよ」
これも、冒頭のシーンでオーレン・リトルが墓参りでボヤいてたシーンを説明するためだけの台詞。あれは亡き妻の墓参りだったと客側にわからせるための…。
見ているお客さんへの情報の出し方が古いんだよね。
○オーレンの職場
息子が娘のサラと迷い犬のペイントを置いて刑務所へ。そのことを会社で愚痴っていると…
なぜか若手の社員が、オーレンの息子とフェイスブックで連絡を取り合っているからと、息子の最新事情に精通していて色々教えてくれるのだが…
なぜ?君が?脈絡なくないか?
前段は色々、ん!?と思うことが多いが、そんな不満も吹き飛ばすオーレンの孫娘サラを演じたSterling Jerinsがめちゃくちゃ可愛い。
新人さんかと思ったら、”World War Z“(2013)でブラピの娘役を演じたり、”The Conjuring“(2013)『死霊館』でウォーレン夫妻の娘を演じたりと、すでに素晴らしいキャリアを重ねていた…。
どちらも当時、劇場で見ていたが、あまり印象には残っていない。しかし本作の魅力は素晴らしい。子供の純粋さだけを抽出したような、ともするとそれが逆に嘘くさく見えてしまいがちだが…それを魅力に変えて惹きつける。
単純にこんな娘が欲しいと思わせてくれる。
そこに、Diane Keatonの劣化しないキュートさと底抜けの優しさが包み込み、画面を安定したものに変えてくれている。
この二人だけを見ているだけで、十分幸せな気持ちになってくるから不思議である。
親世代を飛び越えて、自分が孫をもつおじいちゃんにでもなった気分になってくる。
ダイアン・キートンの魅力も素晴らしいね。
ジジイとババアのキスシーンなんか普通なら気持ち悪くて見てられないんだけどね。ダイアン・キートンの魅力で説得力をもたせてくれるのはスゴイ。
○オーレンの部屋
サラとオーレン、食パンを食べながら…
オーレン
「テレビ見るか?」
サラ
「いいよ」
オーレン
「アニメ、MTV、トーク番組は見ない。再放送もコメディもだ。何がいい?」
こういう偏屈な頑固さには同感してしまう。
ドキュメンタリー番組しか見ないと、オレも言いがち。
○同(夜)
ダイアン・キートン演じるリアが帰宅して訪ねてくる。
リア
「あの子を運んで」
え?隣に住んでるだけなのに…優しい。
そのまま祖父であるオーレンの家に置いとけばいいのに…
オーレン
「あいにく腰が悪くてね」
リア
「なんでもいいから連れてきて」
オーレン
「ご機嫌ななめだな?」
リア
「どうしたらいいの?!ラウンジ歌手になりたい!」
え?!いきなり?どうした?何があった?
そんな夢、いくらもなかったやん。始めたばっかりじゃなかったの?歌い始めたら感傷的になってすぐに泣いて歌えなくなってた人なのに!?
オーレンがエージェントになってギャラを倍にしてやる!って言われたから?そこから急に夢見る少女になっちゃった?
いきなり興奮気味に喚くリアについていけません。T-falの湯沸かしポットみたいに、突然沸いたな…このシーンは、ちょっとなぁ…
オーレン
「俺に任せろ」
リア
「バカ言わないで!私は65歳よ」
オーレン
「俺はもっと古くてボロい家を売ってきた」
リア
「それは心強い」
いや…あのー。直前のシーンではエージェントなんて求めてないとハッキリ言ってたんだけど…
この短時間で何があったの?
○遊園地
回転ブランコに乗っているサラ。
高齢の二人は近くのベンチで見学。
オーレン
「なぜ子供を持たなかった?」
リア
「詳しく?かいつまむ?」
オーレン
「泣かずに話せる方を」
リア
「ユージンと私は売れない役者で、どんな仕事でも引き受けた。話し合ってたの。まずは基盤をしっかり固めようとね。気づいた時には40歳になってたわ。でも、そのころ私は妊娠したの。計画したわけでなく、授かったんだけど…母親になるのがとても怖かった。私の両親が喧嘩ばかりでね。子育てのことで、いつも言い争ってた。どうなったと思う?自分が良い母親になれるか…結局わからなかったわ。なぜなら…流産したから。それ以来、子供のことは考えなくなったわ」
うわ〜。この台詞めちゃくちゃ刺さる。
「まずは基盤を固めようとね。気づいた時には40歳になってたわ」リアは旦那と二人で基盤を固めよとしたけど、オレは彼女と一度別れて、ひとりで基盤を固めてから迎えに行こうとしてた…そしたら、半年後には次の男と付き合っていて深く傷ついたのを鮮明に覚えている。
そんなオレも40歳に…。
「私の両親が喧嘩ばかりでね」という台詞も同じ境遇で生きてきた自分の胸に深く突き刺さる。両親みたいになりたくないという気持ちが強すぎる余りに、不仲や喧嘩を恐れ、彼女すら作れなくなってしまった。
○停車中の車内
週給1500ドルのオーディションを終えたリアとオーレン。
リア
「私は気軽にセックスする女じゃないの。自由恋愛が流行った60年代でも、私は流行に乗ったりしなかった。知ってたからよ…愛は犠牲を伴うものだとね…」
いいねー。こういう事を真っ正直に強く発言できる人は美しいと思う。こういう女性と出会えるはずだと信じてるだけで、自分から何も行動しなかったら、あっという間に40歳になってしまった…。
やはりオーレンのように多少強引にでもいかねばならないのだろう…。
”The Shadow Of Your Smile“(1965)
1965年に公開した映画”The Sandpiper“(いそしぎ)のテーマ曲として書かれ、”Love Theme from The Sandpiper“とも呼ばれているこの曲を歌うダイアン・キートンが素晴らしい!
ほんとにラウンジ歌手になれるんでないの?
歌うまい!歌うまいってだけで、なぜこうも魅力的なんでしょう?どんなにブサイクな男でも、カラオケで歌がうまいと、それなりにモテるから、やはり声、歌声というのは人を惹きつける魔力のような不思議なパワーが内在している。
作曲はジョニー・マンデル (Johnny Mandel)、作詞はポール・フランシス・ウェブスター (Paul Francis Webster)。
映画『いそしぎ』では、ジャック・シェルドン (Jack Sheldon) のトランペット・ソロで演奏され、1965年のアカデミー歌曲賞、1966年のグラミー賞最優秀楽曲賞に選ばれた。
この曲を最後にダイアン・キートンが熱唱するのだが…これ吹き替え?と思うほどウマイ。
エンドロールで確認すると…
【Performed by DIANE KEATON】
歌ってるわ!素晴らしいね!声もよく出てたし
とてもいい声してる。
この曲は多くの人にカバーされているのに、全く知らなかった。というかフランク・シナトラがこの曲を歌うライブCDは持っているのに…記憶にすら残ってない。癖が強いんだよシナトラは…
この映画版くらいにシンプルに素直に歌った方が、曲の良さが際立つ。ダイアン・キートンの声
と、シンプルなピアノアレンジが良かったのかな…
ダイアン・キートンのお陰もあって、サラを中心にしたリトル・シャングリラのアパートの住人達が、ひとつになっていく様は単純に気持ちが良いし、そこに多様な人種を入れて構成したのも好感のもてるところ。
久しぶりに田舎のばあちゃん家に遊びに来たようなどこか懐かしい感覚になる。
リトル・シャングリラの人たちを、ずっと見ていたいと思わせてくれる、イトコの子供の成長を見るかのような、あったか〜い気持ちに最後はさせてくれる良き映画でした。
いくつになっても恋をするのは素晴らしい。
恋をするのを諦めるのは、まだ早いか…