ゑぎ

金曜日の夜のゑぎのレビュー・感想・評価

金曜日の夜(2002年製作の映画)
4.0
 これは傑作。薄暗い部屋の中に積まれた段ボール箱。左へパンとティルトをすると、窓の向こうが見える。パリの屋根。エッフェル塔。引っ越し準備をする女性。これが主人公のロール-ヴァレリー・ルメルシエ。スリットの入った赤いスカートを履いてみて、やっぱり残しておく。明日から僕たちの家、と書かれた鍵。この部屋を退去して恋人の家で同居するということか。この夜、彼女が部屋を出てから翌朝までの一夜の話。まずは、自分の車で友人宅へ行こうとするが、あいにくこの日は公共交通機関がストライキで道路は大渋滞。こゝに一人の男性が登場し、彼女の車に乗せて欲しいと云う。この男、ジャン-ヴァンサン・ランドンとの一夜の話だ。

 画面の特徴ですぐに気づくのは、ディゾルブ繋ぎとモーションコントロールが頻繁に使われることだろう。それとクローズアップ、それも接写と云っていいぐらいのエクストリームなアップだ。あと、CGを使ったファンタジー処理が挿入されるのも特徴で、渋滞中の場面で、前の車の車体にある文字が動いたり、後半のイタリアンレストランのシーンでは、ピザのトッピングが矢張り勝手に動くし、ホテルのランプの笠が浮遊したりする。これらは、ロールの心象を表した映像、ということなのだろう。あるいは、アイリスやディゾルブを使った空想の映像化も挿入される。ローラがジャンと2人で友人の家を訪問するシーンの空想はアイリスで。イタリアンレストランで他の女性客の脚を愛撫するジャンはディゾルブで挿入される。

 具体的に良いシーンを上げよう。まず、ジャンの登場の場面。交通渋滞中、車内のラジオで、こういう時は、人に優しくしましょうとDJが云う。これに影響されたのか、ロールは、歩く男に車に乗るか、声をかけるが、断られる(これは、グレゴワール・コランがカメオ出演)。こゝに、向こうからジャンが歩いて来る。次に別の車の若い女性(美女)をディゾルブで繋ぐのだが、この処理がまたいい。ジャンはこの美女に声を掛けるのかと思わせて、ロールに乗ってもいいか、と云ってくる、というフェイントだ。この場面も含めて、後から考えると全部ファンタジーだったような気もしてくる。

 あと、唐突にジャンがロールに代わって運転するシーンの演出の強さも凄い。いきなりどうなっているのか(どこを走っているのか)よく分からないのだが、見事に渋滞を抜けてしまう。こゝの劇伴も、シーンを最大限に盛り上げる(音楽はティンダースティックスのハインクリフェ)。このシーンは本作のターニングポイントだろう。この後、路上での長いキスシーンが用意されている。こゝもほとんど接写でカットを繋ぐが、それがまた艶めかしい。ホテルのベッドシーンも、基本、接写演出だ。主演のヴァレリー・ルメルシエは、なかなか胸を見せないが、終盤になってやっと胸が映る。そして、朝、街中を笑顔で駈け出したロールのスローモーションなんかを見ても、全体が彼女の想像の世界だったような感触を持つ。しかし、何と云っても、細かな演出のテクニックだけでこれだけ面白く見せるドゥニの力量には舌を巻いてしまう。
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