netfilms

香港、華麗なるオフィス・ライフのnetfilmsのレビュー・感想・評価

3.7
 今作は、上海でも台北でも香港でもない架空の街を舞台にしている典型的なエリート企業の物語である。特定の街を連想させるような記号はほとんど出て来ないものの、オレンジ色の通勤電車や、エレベーターを待つ長蛇の列により、このマンモス企業の全貌がわかる。あまりにも異色なのは、透明のガラスで仕切られた部署ごとの部屋だろう。ガラス張りのオフィスはある意味異様であり、あらゆるものが透けて見えてしまう。今作の美術を担当し、実際にガラス張りのセットを組んだのは、ウォン・カーウァイ組の常連であるウィリアム・チャンである。見方によっては極めてアバンギャルドに見える室内装飾により、今作は現実と夢想との間を行ったり来たりするかのようである。その中でガラス張りに仕切られた部屋同士で、王紫逸とシルビア・チャンの視線のやりとりなど、あらゆる視線の交差がそれぞれの心象を伝える物語上のキーとなる。

 かつて『ゴールデン・ガイ』では大金持ちの息子であるチョウ・ユンファがその事実を隠し、ファスト・フードのバイトをしながら、この会社の社長の娘であるシルビア・チャンに猛アタックを仕掛けていたが、今作でもまったく同じような素性隠しが出て来る。今作ではチョウ・ユンファの娘役を演じた王紫逸その人である。彼女は郎月婷と同じように、無名の新入社員として頑張ろうとこの会社の門を叩いたものの、会長の娘である育ちの良さは隠せない。『ゴールデン・ガイ』のチョウ・ユンファと同じように、お金持ち独特の上品さや高貴さが隠せないのである。また彼ら彼女らを温かい目で見守る執事の存在も、『ゴールデン・ガイ』の設定とまったく同じである。

 副社長の天国から地獄への転落は、会社をモロに巻き込み、関わった人たちさえも破滅に導こうとしている。シルビア・チャンの電話には何度かけても出ようとしないイーソン・チャンが、タン・ウェイの電話には出たことで、シルビア・チャンは彼の隠していた秘密を知ることになる。この資金捻出に四苦八苦した副社長の皮肉な運命は、チェン・チュウキョンお得意のハイ・アングルのカメラにより、他の社員を押しのけて自分が這い上がろうとする様子が、副社長の極端な上昇志向のメタファーとして描かれている。屋上に到達した時、骨組みに会社名のロゴのネオン・サインだけの危険な構造が明らかにされ、彼を窮地に陥れる。ここではシルビア・チャンとタン・ウェイの救出により辛くも命は免れたイーソン・チャンだったが、やがて人生を悲観し、自暴自棄になった彼は死のドライブへと旅立っていく。まるで彼が何度も悪夢にうなされたエレベーターの落下のように。

 チョウ・ユンファはミュージカルという今作の核となるモチーフに難色を示したという。ジョニー・トーは中国人は歌は歌えても、ダンスはなかなか上手くならない民族であると考えており、撮影日数との兼ね合いからも、ミュージカル映画に必要なダンス部分が丸々カットになった。そのため、若手である王紫逸や郎月婷の歌唱シーンや、タン・ウェイの歌唱シーンはあるものの、シルビア・チャンの歌唱シーンはあえなくカットされた。今作において最も重要なウェイトを占めるのは、元々香港の国民的歌手だったイーソン・チャンの歌である。彼はミュージカル・パートを一手に引き受け、その貢献度は計り知れない。またリーマン・ショックの煽りを受け、天国から地獄へと転落した彼の挫折を、2000年代の香港ノワールにおける「香港返還の今と昔」のように、香港の人々のある種の自信やアイデンティティを喪失させる出来事として極めて精緻に描いてみせた。
netfilms

netfilms