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LOGAN ローガンのnetfilmsのレビュー・感想・評価

LOGAN ローガン(2017年製作の映画)
4.3
 『X-MEN』シリーズの10作目にして、ウルヴァリン・トリロジー完結編。2029年エルパソ、ヒーリング・ファクターにより不死身だと思われていたローガン / ウルヴァリン(ヒュー・ジャックマン)は、体内に埋め込まれたアダマンチウムの毒素に体内を蝕まれ、その死期が迫っている。リムジン会社の雇われ運転手として働きながら、年老いて、アルツハイマー病を患うチャールズ・エグゼビア / プロフェッサーX(パトリック・スチュワート)を看病する姿には、先進国の30年後の未来が抱える「介護社会」や「老老介護」の現実すらも浮き彫りにする。そもそも2014年のブライアン・シンガーによる『X-MEN: フューチャー&パスト』では、2023年の地球には再び平穏な生活が訪れたはずだが、それから僅か6年後の未来にはミスティークやストームはおろか、クイックシルバーさえもいない。今作はウルヴァリンとプロフェッサーXとを互いに死期の迫った人物とあらかじめ仮定している。物語は酩酊状態のウルヴァリンの混迷を深めた心理状態からスタートするが、シリアスで終わりの瞬間を悟った2人の天才的なミュータントの未来は決して明るくない。前作『ウルヴァリン: SAMURAI』において、ユキオ(福島リラ)のファニーな描写が物語を駆動させたが、今作には補助線を引く第三者はまったく出て来ない。非力なミュータントであるキャリバン(スティーヴン・マーチャント)だけが2人を支えようとするが、その役割は極めて薄いと云わざるを得ない。

 前作『ウルヴァリン: SAMURAI』でマンゴールドと脚本家クリストファー・マッカリーが念頭に置いたのは、『X-MEN』シリーズでどんな傷をも瞬時に回復するウルヴァリン無双という名の無敵設定の解除だった。ジーン・グレイ(ファムケ・ヤンセン)を自身の手で殺めた贖罪の念とDr. グリーン(スヴェトラーナ・コドチェンコワ)によって心臓の力を弱める能力を付けられたウルヴァリンの力は強烈に劣化したが、今作ではもはや『X-MEN』シリーズでの活躍の3割さえも臨めないほどに衰え、生の輝きは風前の灯火のようにも思える。前半部分のメキシコ国境との往復のやり取りにはマンゴールドの気負いが見える冗長な描写が気にかかるものの、少女と合流した瞬間から途端に物語が輝きを見せ始める。かくして車椅子のアルツハイマー病患者と死期を悟りし勇者、そして少女の逃避行という頼りない3人による逃亡劇は、アメリカを横断する正統なロード・ムーヴィーとしての輝きに満ち溢れる。エルパソ〜ニュー・メキシコ〜テキサス〜オクラホマ〜カンザス〜ノースダコタへと連綿と連なる物語は、1973年のピーター・ボグダノヴィッチによる『ペーパー・ムーン』や同じく1973年作のヴィム・ヴェンダース『都会のアリス』を真っ先に想起せずにはいられない。プロフェッサーXには心を開いたはずの少女は、どういうわけかウルヴァリンには一切懐こうとしない。心なしか『都会のアリス』のフィリップとアリスのフレームの構図と酷似したマンゴールドの車外からの構図には思わずため息が漏れた。

 地球の危機を救うための連帯や、スーパー・ヴィランとの決戦が一切出て来ない真にアメコミらしからぬ物語の展開は、マンゴールドなりのアメリカン・ニュー・シネマへの深い憧憬が滲む。プロフェッサーXがローラ・キニー(ダフネ・キーン)と心を通わせたシーンに流れていた映像こそはジョージ・スティーヴンスによる1953年の傑作西部劇アラン・ラッド主演の『シェーン』に他ならない。流れ者の男が街の少年と出会い、やがて彼を救う救世主となる物語の骨子は今作の通奏低音にも声高らかに呼応する。マンゴールドの意図は心なしか、クリント・イーストウッドの西部劇である73年作『荒野のストレンジャー』や76年作『アウトロー』、そして現代西部劇に終止符を打った92年の傑作『許されざる者』を想起せずにはいられない。牧場主のマンソン一家とのたどたどしい会話は明らかに即興で撮影されているだろうし、パイプラインの断絶というプレッシャーでじわじわ責め立てられるウィル・マンソン(エリク・ラ・サール)の描写には、西部劇ならではの過激な暴力と服従のロジックがしっかりと焼きつく。『X-MEN』の1作目において自由の女神像で死闘を繰り広げたウルヴァリンが、運命的な今作のアリスと出会うモーテルの名前が「自由の女神」を冠していたことは決して偶然ではない。17年間にも及ぶシリーズが離合集散を繰り返す中でも、ウルヴァリンだけは一貫して俳優ヒュー・ジャックマンであり続けた。ノースダコタから見つめたローガンの眼前に見えた光景が『ウルヴァリン: X-MEN ZERO』の1845年の出自となったカナダのジェームズ・ハウレット少年の目に呼応し、思わず涙腺が緩む。ウルヴァリン・シリーズのフィナーレを迎える物語は、クリストファー・ノーランの『ダークナイト』と並ぶ、アメコミ映画史上の途方も無い傑作の誕生を内外に印象付ける。
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