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The Eyes of My Mother(原題)のEikeのレビュー・感想・評価

The Eyes of My Mother(原題)(2016年製作の映画)
3.8
2016年のアメリカホラー映画の「収穫作」。

各地の映画祭でも話題になったようですが、鑑賞してみればなるほどと納得できる力作となっておりました。
面白かったです。
ただ、ホラーファンであってもこの独特のタッチに賛否は分かれる事も予想されます。

映画は冒頭、何処ともしれぬアメリカの田舎道を危うい足取りで彷徨う女性の異様な姿を映し出し、いかにも不穏な気配で幕を上げます。
そこから農場で暮らす、とある一家の日常描写へと切り替わってゆくのですが主人公、少女フランチェスカとその母親の前に現れた得体のしれない青年によって平和な家庭の日常が破壊され、物語は一気に猟奇的な世界へと変容してゆく…。

そこから画面上に映し出されるイメージだけを書き連ねてみれば、「監禁」「虐待」「殺人」「肉体破壊」といったホラー要素とそれらにとどまらず、さらにインモラル・過激・猟奇的なモチーフも多々詰め込まれています。
その意味でイメージ的には「お馴染みの下世話なホラー映画」と言って差し支えない。
ところが本編を見てみると実に不思議な印象を受けるものになっております。

白黒のモノトーンによる絵作りは緻密、かつ静けさと緊張感を終始漂わせ実に「美しい」。
上映時間も77分と、コンパクトに収められており、その分余計な要素はほぼ全て排除されております。
その結果、陰惨なホラー要素が満載な物語でありながら、観客を飛び上がらせるような娯楽としてのホラー演出の類はほぼ出てこない。
肉体に加えられる暴力の結果についての描写こそありますがそれらも淡々としか言いようのないものになっています。

しかし本作最大の特徴はこの異常な物語の展開に対して全くと言っていいほど説明が盛り込まれていない点。
その為、画面に映しだされる主人公の異常な行動と差し挟まれる断片的なモノローグから事の背景と主人公の真意を観客は自らの感性によって補完する事を要求されることとなります。

何がどうしてこの主人公はこうなってしまったのか...。
この物語の根幹部分の判断を観客に委ねるアプローチ故、恐らく観客の脳内で組み立てられる物語は必ずしも一致しないような気がいたします。
この飾り気と押しつけがましさのないアプローチから
もしかすると作り手側はこれを「ホラー」として作っていないのかもしれないという思いまでもが次第に浮かんでまいります。

その意味で「怖くない恐怖映画」と言う印象もあって、ホラー映画としてはどうなのか?と不満を覚えても不思議でない展開の物語となっておりますがこのスタイル、個人的には上手くツボにハマりました。
いわゆるアートハウス系の作品としても見れる作風ですが、そのスタイルを見せつける事を目的にした鼻につく様なものにはなっておらず、謎めいた展開に対して関心を失わずにラストまで見ることが出来ました。
当然説明不足もいいところではあるのですが、いざ見てみれば突っ込みを入れる気にもならず画面に釘づけ。
その点はヒロイン役のKika Magalhaesの熱演と演出がうまくかみ合った成果故だと思います。

中盤以降はヒロインの台詞もどんどん少なくなり、主人公の精神状態とその行動はますます常軌を逸してまいります。
しかし描写はあくまでその主人公に寄り沿ったものとなっており、結果として次第に猟奇的と言うよりも悲劇性が強く感じ取れるものへと変容してゆきます。
これは本当に珍しい気配をまとった作品だと感じました。
同じモノクロの「猟奇映画」で悲劇性がカギとなっていたフレンチ・ホラーの傑作「顔のない眼」の雰囲気を思い起こしました。

舞台はアメリカの片田舎ですがスペイン語とFadoの哀愁を帯びたメロディがうまく用いられていて作品のトーンを整えている辺りも興味深い。
陰惨なお話ではありますが謎めいたムードが濃厚な美しくも悲しい「異色作」。
ホラー描写に関してはかなり抑制が効いておりますので不快感を催す様な事もあまりないと思われ、ホラー「食わず嫌い」の女性の方にこそ強くお勧めしたい作品となっております。
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