みかんぼうや

軍旗はためく下にのみかんぼうやのレビュー・感想・評価

軍旗はためく下に(1972年製作の映画)
4.1
【戦争という事実を、その後の兵士や遺族の苦しみを、絶対に風化させない、という製作陣の強烈な意志と熱量を感じる深作欣二の究極的反戦&社会批判作品】

仕事の後に観られる比較的短尺な作品を・・・と本作と「サイコ・ゴアマン」で迷う時点で既に精神的な疲弊を起こしていることは容易に想像がつくが、結果として本作を選び、鑑賞中から既にはらわたをえぐられるような思いに苛まれ、観終わる頃には、精神疲労のどん底まで突き落とされたような、なんとも重く非情な映画。

しかしながら、反戦に留まらず、社会批判はおろかこの時代に天皇批判にストレートに踏み込んだ日本映画はそうそう無いであろう、製作陣の強い意志を感じる傑作。

太平洋戦争で敵前逃亡し死刑に処せられたというある富樫軍曹(丹波哲郎)の妻(左幸子)が、その事実に納得がいかず長きに亘り厚生省を訪ね続ける中、当時の状況を知る手がかりを持った人物たちを聞き出し、その人物たちを訪ね、戦地の現場で起きていたおぞましき事実を聞くことになる・・・

本作の傑作たる所以は、その強烈な戦争批判と社会批判のメッセージ性はもちろんのこと、映画としての構成・演出面においても興味を惹きつける巧妙な作りであると考える。

まず、本作は反戦映画でありながら、実は直接的な米国兵との戦闘シーンはほんのわずか。戦争の被害状況は目を覆いたくなるような多数の写真で語られるものの、いわゆる一般的な戦争映画のように、数名の主人公的兵士たちが戦場で経験した出来事を大局的な視点から一つの物語の“流れ”として映し出す作品ではない。むしろ、富樫軍曹と時間をともにした4人の兵士がドキュメンタリーの証言のように当時の記憶を辿りながら真相を語るという、現場の兵士視点の経験をいくつかの“点”として描いているに過ぎない。

そして、その妙味は、この各兵士視点の “点”として語られる事象が、「羅生門」の如く大きく異なっていることだ。その情報のズレに困惑しながら執念で真実を追求する軍曹の妻同様、我々観客もそこにあった真実を知りたいがためにグイグイと作品に引き込まれていく。この見せ方が実に巧いと感じた。

また、反戦映画としてそこで語られる数々のエピソードは、戦争の惨さとその結果起こる人間の狂気の渦を知るに十分すぎる。餓死寸前の状態の中、一匹の生きた野ネズミを食料として取り争う兵士たち、そして野ネズミすら見当たらない中、飢えに耐え切れず人としての理性を完全に失った果てに起こしてしまう、狂気的な行動・・・先述の通り、戦闘シーンなど無くとも、その地獄絵図は赤裸々に戦争の愚かさを語る。

極めつけは、“喉元過ぎれば熱さを忘れる”社会や国家への批判的視点だ。無残な戦争に駆り立てられ、ただひたすらに命令に従い人生の楽しみのほとんどを理不尽な形で奪われ、戦後をしてなおその苦しみの中に生き続けなければならない末端の兵士たち。彼らと対照的に映し出される、全ての地獄を末端の兵士たちに擦り付けたかの如く戦後は我関せず孫とのうのうと幸せに暮らしている当時の軍幹部、戦没者遺族への対応を面倒くさそうに対応する厚生省の官僚、お笑い寄席のネタとして敗戦自体を嘲笑う軍と関係のない一般人たち、当時の兵士たちと同じくらいの年齢ながら戦争とは無縁でただ今を楽しく生きる現代の若者たち。戦争中に失った命、そして戦後何十年と苦しみの中で生きる元兵士やその家族がある一方、現代社会に生きる人々はそれを“過去の惨劇”として認識しつつも、当事者意識低く、今を楽しく生きている。この対比があまりにも強烈であり、社会の、そこに生きる人々の冷ややかさが際立つ。

誰も敢えて冷酷でありたいわけではない。自然と当事者意識が抜け他人事になっているだけなのかもしれない。しかし、本作は敢えてこの戦争に関わった兵士や家族と行動経済成長の波の中に進みゆく社会のギャップを映し出すことで、その惨劇を風化させまいとする、力強い意志を感じる。そして、その矛先は “戦没者を讃え追悼する”ことで一つの区切りとした政府や天皇にも向いていることに、その意志がいかに確固たるかを見ることになる。

俳優陣も熱演も素晴らしい。主演の丹波哲郎はもちろん、まさに生死のギリギリのところで生き抜こうとする兵士や戦後に人生の楽しみの全てを失われ廃人のように生きる元兵士たちを演じた一人ひとりがただただ凄い。そして、「飢餓海峡」でも見られた、愛する男性を狂信的に追い求める左幸子の演技も圧巻。

深作欣二の代表作は「仁義なき戦い」シリーズが当然一番に挙がるが、彼の最も印象に残った作品、と聞かれたら迷わず本作を挙げてしまいたくなる、それほどの強烈なインパクトとメッセージ性を放つ作品だった。

ツタヤ、ゲオの宅配でも取り扱っていない本作を配信しているPrime Videoは本当に凄い。ありがとう、amazon!
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