140字プロレス鶴見辰吾ジラ

イット・カムズ・アット・ナイトの140字プロレス鶴見辰吾ジラのレビュー・感想・評価

3.5
”果てしない闇”

It

comes

at

night

犬の後ろ姿。

このポスターを見たときあまりのセンスの良さとそこはかとない不安感に驚愕した。遠くにあるのはただの闇、されど生理的に不快感や恐怖感を感じる闇がそこにあり、そこから「It comes at night」の文字がどんどんと大きくなって迫ってくる。それでは”It”とは何なのか?

劇中の世界観は、疫病が蔓延して崩壊した後であろう世界で、愛する家族を守るために奮闘する父親と、その愛情が猜疑心や本能を剥き出しにするがゆえに、暴走してしまった人類のなれの果てのようにも見える。

ホラーとして描かれたポスターヴィジュアルは、ホラーでなく心理スリラーの側面を焼き付けながらを話を進めるが、本作をホラーと見るか、心理スリラーと見るかは、あの闇を闇たらしめる己の恐怖心や疑の心なのだと思う。

上記に”It”の正体は?と綴ったが、もし”It”が具現化されたら本作はチープなホラー映画の一部に飲み込まれてしまう。”It”は闇そのもので、我々が抱く恐怖心の本質であるからこそ意味を成し、そして恐怖そのものになる。

「ひぐらしの鳴く頃に」というグラフィックノベルをプレイしていた、あのときの人の中心部にある闇や、その闇を表に引き出してくる人の猜疑心を思い出した。本作は闇という不確かだが、確かな恐怖の対象に、疫病のため死の可能性が近づいてきていることへの嫌悪からなる猜疑心の過剰反応が、人の本来持つべき愛情を狂わせていき、因果の道へ誘っていく恐怖を淡々と綴っている。

本作はとにかく不快感をもたらす、チクチクと刺すような恐怖への誘いが随所に配置されている。人が暗闇に危険を感じるという性質を生かした、闇へ続く道の構図と、夢に落ちていき現実が融解して悪夢を脳内でヴィジュアライズするあの時間から目をそらしたくてたまらなくなる。人の嫌悪感や猜疑心を引き出しながら、ある画面の一点、またはその先に”何か”がいると思ったなら、本作の恐怖のロジックに脚を掴まれたに違いない。

今年公開の「クワイエットプレイス」に似たような世界観だが、恐怖する対象を人の心に見た本作のエンドロールを静かに迎える振り払うことのできない嫌悪感が、最高に心地悪い。上記作品のようなゲーム性や娯楽性を排して、闇という形のない恐怖と疫病がもたらす形のない疑い、確実性のない他者との交流の本質的な恐怖感を、本作は90分間そこはかとない居心地の悪さで扱って見せた。

愛情、友情、確実な事象、不確実な信用
”It”は形を成さないがゆえに恐怖の意義であった。