YasujiOshiba

どうってことないさのYasujiOshibaのレビュー・感想・評価

どうってことないさ(2016年製作の映画)
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イタリア文化会館の先行試写にて

原題は Che vuoi che sia (どうってことないさ)あるいは(それがなんであってほしいのか、たいしたことないだろう)ってな感じのよく使う表現だけど、たしかに京都ドーナーツクラブのおにいさんが言っていたように、 In qualche modo faremo (なんとなるだろう)というタイトルでもよかったかもしれない。

そうであったらよかったかもしれない、という話をもひとつすれば、この映画、どうせならラストシーンから始めた方がよかったかもしれないな。なにしろ、SNSやクラウドファンディングやTwitterなFacebook の世界が開く地獄は、あのラストシーンなんてほんの入り口で、まだまだ奥が深いんだよね。

だってさ、ぼくらの国には、すでに『リリーシュシュのすべて』や『リップヴァンウィンクルの花嫁』があるじゃない。どちらも、ぼくに言わせればみごとな喜劇。混沌から始まって、どんどん深みにはまって地獄を見るんだけど、ふと、思いがけない秩序が立ち上がってくる。それが喜劇の定型じゃない。近代をひらいたダンテの神々しい喜劇、あるいは『新曲』からの決まりごとなんだけどさ、それが、岩井俊二を産んだぼくらの国にはあるんだよね。

まあ、そこまでは要求しないから、すくなくともイタリアっぽいところが見たいなと思って見ても、舞台のミラノはミラノに見えない。ガラス張りの構想ビルをドローンで撮影してくれても、安っぽいコマーシャル以上のものにはならないわけ。笑いってのは、笑い声の向こう側に地獄からのノイズが聞こえないとだめなんだよな。

そういう意味で、かろうじてイタリアらしい笑いの可能性を開いてくれてたのは、主人公のアパートに居候しているハゲおやじのロッコ・パパレーオの俗物ぶりとか、その別居中の奥さん役でモダーンなスタイルで気取りたたがりのマリーナ・マッスィローニの可愛いエロス(相応に歳をとってるのにやっぱりエロ可愛い)のはよかったかな。

それから、ローマからルーマニア人の奥さんを連れてミラノにやってきた主人公の父を演じたのが、マッシモ・ウェルトミューラーのローマのおっさんぶりも最高だね。この人、リーナ・ウェルトミューラーの甥っ子らしいけど、言われてみればなんだか面影あるかもしれない。そういう個性的な脇役にもちっと活躍してもらえたら、ミラノの地獄めぐりで大笑いっていう映画になったんじゃなかったのかね。

とはいえぼくはこの映画のおかげで、岩井俊二のすごさをあらためて確認できちゃった。そこは感謝だなって話を、映画の帰りに、高田馬場あたりの日本酒の美味しいお店で、読書の師匠とだべった金曜日の夜でした。
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