露木薫

リトル・マンの露木薫のレビュー・感想・評価

リトル・マン(2015年製作の映画)
4.3
EU Film Days 2020でチェコから出品の人形劇。アナログの粋を極めたような感嘆の映像。含蓄ある物語。素敵な音楽。


冒頭から黒沢明の『羅生門』の藪の中のような不穏さが伝わって来て、どんな話だろうか...と思って観始めたが、どっこいなかなかに面白かった...!

どの人形も、わかりやすいかわいさのある造形ではないのだが、生き生きと動いている。
観ている内に愛着が湧いて来る。
声優さんたちも芸達者!
かわいくもおそろしくもあるファンタジーの世界に自然と誘ってくれる。

歌が時々入るのでミュージカルみたいだし、サウンドトラックもキャッチーで魅力的だ。

人形の置かれた自然の様子や家屋や家具、小道具なども、とてもリアル。
鳥虫獸草木花...みたいに、土、木、虫、鳥、人間、怪物、ロボット、伝説の生き物、森、湖、飛行物体、火炎、花火、爆発、実験施設、図書館、エレベーター、城塞など、これでもかとバリエーション豊富な表現を繰り出して来る。
どうやって製作されているんだろう?

序盤のあらすじと個人的感想に移ろう。
★以下若干ネタバレ有り



器用で何でも造れるリトル・マンは、誰の誘いも断って自分だけの暮らしを快適にすべく日々を営んでいる。全ては自分の頭と行動でどうにかなり、誰の助けもいらず、訪問者もいらず、1人きりで楽しく暮らして満足していた。
(ここだけ書くと『結婚できない男』みたいだな...)
しかし、あるときから夜毎同じ悪夢にうなされるようになる。安心してぐっすり眠れるようになるために、住み心地のよい安心できる住み処をいっとき離れて、夜毎夢の中で何者かによって自分に突きつけられる「自分に欠けているもの」を探す旅に出る。

私も最近このぐっすり眠れない問題にぶつかっていたので、思いがけず主人公が同じ問題を抱えて冒険することになり、物語に引き込まれた。
最近ネットで見た意見なので確証はないが、眠ることは休むことではあるが、ぐっすり眠るにもエネルギーがいるのだという説がある。
この映画を観て、私の場合は、自分の直面している問題に正視して取り組んでいないから眠れない、ということなのだろうと思った。疲れているし寝不足なのに眠れないということは、何か人生の中でやるべき大切なことが疎かになっていたり後回しになっている状態を、頭が警告しているのではないかな...と、薄々感じていたところであった。
本作はチェコで2008年に出版され話題となった絵本を原作としているのだそうだ。どのような絵本なのだろうか。

主人公と相棒の芋虫は、恐怖の女王を倒す方法を知るために必要な「お見通し液」を求めて、真っ青さんに会いに行く。そこで彼に「実りのある質問」を埋めなければ液の原材料たるキュウリが成らないのだと言われる。
主人公は、矢継ぎ早に質問を繰り出す。
どうして恐怖の女王を倒せないんだ?どうして僕はお見通し眼鏡を壊しちゃったんだ?どうして女王の手下は最後のお見通し液を台無しにしちゃったんだ?どうして空っぽ頭に誰も......
質問からキュウリが実らず焦った主人公は、自分を責める質問に加えて、次第に周りの人々の行動を責める質問まで口に出して行く。
そうして頭を抱えて余所見をしている内に、拘束していた女王の手下は逃げ出してしまっていた。
時間がない。魔法の書に記された恐怖の女王の倒し方をお見通し液で解読する策は諦めるしかない。真っ青さんは、何でも答えてくれる木の存在を2人に教え、そこに行けばいいと言う。
すると、主人公は、そんな万能の木があるのなら最初から苦労せずに済んですぐに答が得られたのに、と煩悶し始めるが、真っ青さんは、「それも私のところに来なければわからなかったではないか」と諭すのだった。
ここは私にはグサリと来る場面だった。私もここでの主人公のように、費やした苦労を後悔してしまい取るもの手につかなくなる癖がある。努力と苦労をしたのに願いが叶わず、自分を責め苛んで実りのない質問を己に問い続けた果てに、とうとう他者の行動にまで責任を求める質問で頭が支配されそうになることもあった。
だが、世に無駄な苦労も確かにあれど、遠回りであっても弛まず求め続ける過程で鍛えられる力もあるのだろう。人との関わり、経験値、知識と技術、そして何よりも、答を求めて考えるということで生まれる思考と発見...。
後悔は毒のようなもの、一度始めると身体全体に廻ってしまう...との、昔ジャンプで読んだサイレンという漫画のヒロインの台詞があり、これをよく私は思い出す。
後悔から学ぶことも大切だが、悔いて労を惜しみ己を憐れむばかりでは、大切な今の時間やエネルギーが浪費されてしまう。後悔に毒されぬように、自分の中でここでの真っ青さんとリトル・マンのやり取りも時折反芻したいと思った。

結局主人公の質問からは実が成らなかったが、芋虫が真っ青さんに問い掛けた「あなたの鼻は何故キュウリみたいなの?」という質問に、はて何故だろうと真っ青さん自身が思い質問を埋めてみると、そこからキュウリが成り、搾ると極上の見通し液が生成されたのだった。
ここは何を意味していたのだろうか...。

因みに、ここでの質問票印刷機や搾キュウリ機のギミックが印象に残った。アナログの表現で、ガジェットの面白さがある。

1つの目的を持って旅に出ると、その過程で様々な人に出会い、1つの問いを立てて答を求めると、芋づる式に様々な困難や課題に直面する。
求める答に辿り着くまで決して諦めず、時々ちょっと悪態をつきたくなりながらも知恵と勇気と思い遣りをもって旅を続ける内に、家の中や周辺にいた時には気付かなかったものの見方ができるようになるのだろう。
今いる場所がもう落ち着いた安住の地だと思っても、わからないことを何故だろうと考え知りたいと思う心や、目的を持って何かを始めたら困難にめげずに一つ一つこつこつと課題をクリアして行くことを、私も気を付けたいと思った。

エンドロールが羊皮紙調の背景に手書きの筆記体で書かれていて、万年筆で描かれたような筆致の絵コンテと共に流れて来る。最後のタイトルロゴまで、世界観を壊さずに貫き通す制作者の職人魂は天晴れ。
露木薫

露木薫