ベルサイユ製麺

栞のベルサイユ製麺のレビュー・感想・評価

(2017年製作の映画)
3.7
栞…と聞くと、途端に心がそわそわと落ち着かなくなります。それが何故だか、思い当たる節は幾つか有るのですが、例えば、あの有名アーティストによる、あの楽曲もその大きな要因なのだと思います。

      “栞のテーマ”

…目を瞑れば、あのメロディと共に鮮明な映像が浮かんできます。
♬ …ン ジャン!(ジャジャジャジャ…)
…デデデ デデデ デデデデデデデデン♬
ビルの谷間から、サーチライトを浴びながら姿を表す巨大な影。ギロリと目を剥き、咆哮するシオリであります!!カッコイイー!!あーそわそわするー!
いやぁ〜、シオリをキング・オブ・モンスターたらしめているのは、やはりあの荘厳なテーマ曲による部分も大きいと思うのですよ。やはり伊福部昭は天才である!!

んまあ、それはそれとして…

少年時代、マサヤと幼い妹のハルカは病気で母を失っている。その影響も有ってか、現在マサヤは病院で医学療法士として働いている。難病の少年や事故で下半身不随になったラガーマンたちとリハビリを通して触れ合い、支え、支えられながら忙しい日々をなんとか乗り切っている。
そんな中、父の病が発覚。奇しくも母と同じ病気で、延命は出来ても助かりはしない段階まで進んでしまっている…。


いつも通り、なんの予備知識も無く借りた作品で、観始めは小規模な邦画にありがちな難病・大病を扇情的に用いる感動ポルノタイプの作品かと思ったのですが、…寧ろ、感情を掻き揺らして当然の出来事に理知的に立ち向かわねばならない医療現場を舞台にしたお話でした。
精神的なタフさが要求される現場で、主人公マサヤは繊細すぎる部分が有り、更に彼を悩ませることになるいくつかのケース、そして父の病を通してマサヤは如何なる決断をするのか…?が、物語の核になります。
とにかく強く印象に残るのが、頚椎損傷し運び込まれたラグビー選手フジムラのエピソードです。強靭な肉体と不屈の闘志を持ちながら、笑ってしまうほど爽やかでいつも笑いを絶やさないフジムラが直面する現実の厳しさ。絶望の中に有って、それでも穏やかな笑みを浮かべるフジムラ…。
父の延命を巡る複雑な問題も、個人的には他の作品で見たことの無い、本当に深い掘り下げ方だと思いました。人の生き死にを薄っぺらい心の問題に単純化して、感動のネタ・飯のタネにしているゴミクリエイターは薪の代わりにして湯を沸かしてやりたい。

マサヤを演じるのは三浦貴大さん。小規模映画のエースという印象ですが、実際その実直そうな雰囲気が小規模映画の描きたい部分と高い親和性を持つということなのでしょう。今作でも“出過ぎず引き過ぎない”絶妙のキャラクターを演じてます。そして!フジムラ役の阿部進之介さん!しっかり見たのは初めてですが、めちゃくちゃ格好良いじゃないですか!日本人離れした大きなフレームに、ハッキリとした顔立ち、嫌味の無い笑顔!この方はもっと売れて欲しい!同僚の療養士役の前原滉さんも、佇まいのスマートさが素敵です!この二人のアレが有ればアレします。とにかく、この作品とても役者に恵まれていると思います。

映画自体の作りは、例えば子役が凄くハッキリ喋ったり、画面のアスペクト比が(理由は存じませんが)スタンダードだったりとやや素朴な印象ですが、寧ろそれが作品に良く合っていると感じます。とにかく実直。創作だからと安易に心地よい着地を選ばないところ、結末の方向性には感心させられました。雨の屋上のシーンなんて、ホントにゾクゾクさせられました。この表現・態度で伝えようとするからこそ深く響くメッセージ。この作品に人生を変えられる人が居たとしても不思議ではないでしょう。少なくても自分は”観て良かった”と思っていますよ。

で、冒頭にも書いた“栞”ですが、なんと劇中には可愛くて素敵な“栞”ちゃんは出てきません!物体としての“栞”も映らず、それどころか“栞”というモノ・概念について言及される事すら無いのです。
流石に気になってちょっと検索したところ監督がその真意について述べていると思わしき記事の存在は確認できたのですが…、ここは敢えて読んでしまわず、じっくり自分で考えるのが良いような気がしました。いつかしっくり来る解釈が思いつくのか、或いは自分には分からないということが分かるまで考え続けてみようと思います。なんとなく、この作品にはそんな向き合い方が相応しく思えるのです。

はぁ、それはそれとして…可愛くて素敵な、僕だけの栞ちゃんに会いたいなあ…。