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スリー・ビルボードのkigumaのレビュー・感想・評価

スリー・ビルボード(2017年製作の映画)
5.0
-悲劇でも喜劇でもなくグラデーション-

ダンテの神曲の英語表記は”The Devine Comedy”。
最初に聞いた時に「なんで喜劇?」と不思議だった。調べて見ると「ハッピーエンド」で結ばれ、当時の大衆にも分かりやすい言葉で描かれていたからダンテにより名付けられたらしい。(そのそものタイトルはシンプルに「喜劇(Commedia)」だったとの事)

この映画を見終わった時に、この「神曲」のタイトルの由来を思い出した。

映画はヒトの感情や人生を強調する事でエンターテイメントとして成立する。ストーリーライン上に「感動」、「悲しみ」、「興奮」というタグ付けがなされており、制作者の意図を「忖度」して楽しむのが映画鑑賞のお作法。
でもこの映画はタグが一切ない。アナログ波のようにストーリーはなだらかに喜怒哀楽を繰り返す。お約束の泣ける展開かと思ったらいつの間にか笑いの波に襲われているといった具合に。でもヒトの感情ってそういうものだ。お葬式の最中に何故か笑いが出たり楽しさの絶頂の中で死を思ったりする。日常的に私生活や感情をオープンにする現代社会ではこのアナログな人生の起伏を忘れがちだ。でも快不快、幸不幸、喜怒哀楽で単純化出来るほど我々の人生のビットレートは低くない。どこまでも続く波。ボレロの単純な主旋律が幾重にも重なっていくなかでジョルジョ・ドンが波のように踊るのと同じ。

この映画は鏡のようなもの。同じシーンがヒトによって喜劇となったり悲劇となったりする。なにも味付けがされていない素晴らしい料理の素材のようだ。おそらく見返すたびに印象は違うのだろう。

自分をタグ付けする事は出来ない。人生は波であり、ギリシャ神話の運命の三姉妹が紡いで図った糸をたぐる事であり、それは三女が鋏で断ち切るまで続く。

波をインスタで切り取る事は出来ないが、五感すべてで波を感じる事は出来る。
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