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マチネの終わりにのsnowwhiteのレビュー・感想・評価

マチネの終わりに(2019年製作の映画)
3.6
実は映画公開前に原作者平野啓一郎さんに呼んでいただいて試写を見せて頂いた。ファン50人程で観せて頂いた後アンケートが配られた。宣伝の為に使うかも知れないと言われたそれには褒め言葉を並べるべきなのであろう。それは分かっていたのだが私は辛口のコメントしか書けなかった。嘘やお世辞がつけない性分なのだ。

『マチネの終わりに』の原作は平野啓一郎先生の実在のお友達の話が元になっている。ドキュメンタリーではないのでフィクションの部分もあるのだろうがモデルがいる以上いつものストリーテラーの先生の文章とは少し違うような気がした。何となく制約を受けているようでいつものように伸びやかで自由に紡いでゆくストリーテラーの先生の真骨頂が出てないように思えた。

とは言え、4か国に及ぶ実に壮大なびっくりするような話で面白かった。



【原作小説との比較。ネタバレあります。】

ヒロインはフランス人の父を持つハーフの女性。子供の頃父と離れて暮らすことになった彼女が30代になって父に会いに行くシーンは凄くよかった。

小説を読んでいる最中私は中谷美紀さんを思い描きながら本を読んでいた。なので映画で石田ゆり子さんが出てきた時には凄く違和感があった。石田さんは純日本風のお顔だちでどう見てもハーフに見えない。しかも外国人ばかりのバグダッド支社で働くジャーナリストなのに英語の台詞も下手でどう考えても配役ミスだ。帰国子女で英語の堪能な中谷美紀さんだったらなあと凄く残念だった。


この実話の最大の難点(制約)は主人公とヒロインにすれ違いが起きるところ。

携帯のない昔ならすれ違いで会えないなんて事は良くあったのだけどスマホが普及した現代においてはすれ違いで会えないということは殆ど100%起きない。

が、実話だからしょうがないのだが実際にすれ違いが起きており小説にした時にリアリティーがなくなるのだ。

それを平野先生は実に見事に丁寧に描いて説明をされていた。何故起きる筈のないすれ違いが起きたのか?

ここの所が小説の圧巻の見せ所だったのだ。これがないと馬鹿げた話になってしまうといっても過言ではない。

つまりバグダッドで赴任中に働いていたビルで爆弾テロが起き、ちょうどエレベーターに乗っていた彼女は非常ベルが鳴り響く中エレベーターが止まってしまい逃げることも出来ず恐怖の時間を過ごしたのだ。

幸い無事に助け出されたのだが、エレベーターに乗る前に挨拶を交わした同僚何名かがテロの犠牲になり亡くなった事もあり長い間PTSDを患うこととなる。その為精神科にもずっと通うこととなるかなり重症のPTSDだ。

日本支社に戻されて、徐々に癒されてきていた彼女の元にある日バグダッドの同僚が訪ねてくる。政情が益々悪化し命の危険があるため彼女を頼って逃げてきたのだ。彼女を自分の家に住まわせてあげることにするのだが、この事がトラウマを思い出させることになり、やっと良くなりかけていたPTSDが再び甦ってくるようになる。

テロの時のシーンが何度もフラッシュバックし彼女を苦しめるようになってゆく。

彼女が彼に会う約束をした日、エレベーターに乗っていると地震が起き非常ベルが鳴る。エレベーターは止まり閉じ込められる。

奇しくもあの時と同じような状況となりパニックを起こす。動悸は激しくなり胸が痛くなり気が遠退いた。身動きできなくなった彼女はエレベーターでしゃがみこむ。何も考えることが出来ない。どれぐらい時間が経っただろう。気付けばいつの間にか家に戻っていた。どうやって帰ってきたのかも思い出せない。その日から会社にも行けなくなってしまった。ずっと何日も家にいて誰にも会わない彼女の元に約束をすっぽかされた彼からメールが。

やっぱり僕たちは縁がなかったのだと思います。もうお会いする事はありません。幸せになって下さい。

実はこのメールは彼のアシスタントが彼のスマホをこっそり使ってなりすまして送ったものだった。

彼女はこのメールを「約束をすっぽかし連絡もしなかった自分は見捨てられたのだ。」と受け取った。

アシスタントは彼の方にも彼女からの伝言として「やっぱり元夫とやり直すのでアメリカに行くことにします。もうお会いすることもないでしょう。」と嘘を伝えていた。

あの日約束の場所に現れなかった彼女からの伝言。だから彼はあのメールを彼女に送ったのだ。

こうしてスマホのある時代に起こらない筈のすれ違いが起きた。

原作ではここのところの事情がとても丁寧に描かれていた。すれ違いに違和感がなく説得力があり平野啓一郎という作家の実力にひれ伏したものだった。

ところが、映画では同僚がバグダッドから命からがら逃げてきて、その為に主人公にPTSDが甦っていくシーンが殆どないので、地震で当時の状況が再現されて動揺をして動けなくなったとしても彼に連絡もせず家に帰ってしまうのがどうにも不自然で違和感がある。
更にその後何日も彼に連絡を取らないなんてあり得ないと思うのだ。

アシスタントが彼に偽の伝言を伝えていた為に彼から連絡がなかったとしても、暫くして落ち着けば彼女の方からすっぽかしたお詫びの電話を入れるのではないだろうか?

すれ違ったまま2人が別れてしまうことなんて起こりそうもない。アシスタントの嘘はすぐばれると思うのだ。

映画では肝心のトラウマがあまり描かれてないからすれ違いが起こるのがどうにもしっくり来ない。

そして、肝心のトラウマがしっかり描かれていない割に元夫とのどうでもいいエピソードが長い。元夫は登場しなくても良かったのではないかと思う。同僚の噂話か何かで処理すれば足りたのではないかと思う。

それよりもテロによるトラウマにもっと時間を割くべきだった。明らかに脚本のミスだ。あの素晴らしい原作が映画で十分表現できてないことがとても残念だった。


平野啓一郎先生のマネージャーさんから最初に『マチネの終わりに』の映画化の話を聞いた時、4か国に及ぶこの壮大な物語を2時間の映画にするなんて無理なのではないかと思った。
かといって3時間だと長過ぎるし…。一体どのエピソードをカットするのだろう?絶対削ってはならないのがテロとトラウマだった。ここがしっかり描けてないとこの話は成り立たないからだ。こんなボリュームのある原作を2時間の映画にするのは無理な気がした。

そして試写を観た。やっぱりちゃんと描けてはいなかった。なので私は試写会後のアンケートで正直に以上の内容を指摘した。
先生の完璧な原作が映画でちゃんと表現出来てないのが残念でした。とも書いた。

そしてついでに「映画化するのなら『ある男』が向いていると思います。」とも書いておいた。「『ある男』は実に映画的で脚本で特に手を加えなくても映画に出来ると思います。」とも…。

辛口のコメントを書いたから気を悪くされただろうな。映画宣伝して下さいねって仰ってたのになあ。と後から反省したのだが後の祭りだ。もう2度と試写会に呼んで貰えないだろうと思っていた私に何ヵ月かして平野先生からメールが届いた。

『ある男』の映画化が決まりました。11月に公開の予定です。

怒っておられるかと思っていた先生からメールを頂けて嬉しかった。(2021年)11月が近づいて来てそろそろ発表があるかと待ち望んでいたが待てど暮らせど発表はなかった。恐らくコロナ禍の為、予定通りに進まなかったのではないかと思う。実際に公開になったのは更に1年後の2022年の11月のことであった。試写のアンケートで『ある男』をお勧めしてから実に3年が経過していた。
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