開明獣

ブルーノート・レコード ジャズを超えての開明獣のレビュー・感想・評価

5.0
ウェイン・ショーターを偲ぶ。

昔、昔のこと、NHKで、マンハッタン・トランスファーというボーカル・グループのライブをやっていて、そこで演奏された「バードランド」という曲に衝撃を受け、その曲の入ってるアルバムを借りてきた。すると、その原曲はウェザー・リポートというバンドの曲だという。それからウェザーのアルバムを聴きだした。

ウェザーの代表作に「ナイト・パッセージ」というアルバムがある。最初聴いた時は、何が何だか全く理解出来なかった。当時貧乏学生だった私は元をとるべく必死で何度も何度も繰り返しそのアルバムを聴いた。

それはある夜突然やってきた。身体が痺れたように音楽が全身に降りてきた。「分かる」のでも「解る」のでも「判る」のでもない。だが全身でその音を理解していた。そんな経験は人生でそうそうあるものではない。

そのウェザー・リポートというバンドでソプラノ&テナーサックスを吹いていたのが、ウェイン・ショーターというプレイヤー、いや音楽家だった。それからショーターの虜になる。在籍していたバンド、アート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャーズ、マイルス・デイビス・クインテット、前述のウェザー・リポートのアルバム、そしてブルーノートレーベルからリリースされていたソロアルバムを好んで聴くようになった。

サキソフォン・プレイヤーとしてだけでなく、作曲家としても偉大だったショーター。ジャズだけでなく、ロックのミュージシャンとも厭うことなく共演してきた真の音楽家。レジェンドという言葉がもっとも相応しい男。

本作では、そのショーターが今をときめくロバート・グラスパーら若手のミュージシャンたちとジャムっている貴重なシーンが観られる。多くの伝説的なジャズ・アルバムを輩出してきたブルーノート・レーベルの歴史の中でも、ショーターのアルバム群は異彩を放っている。私が最も良く聴いたのは、「スピーク・ノー・イービル」というアルバムだ。洗練されていながらどこか異世界の響きを漂わせる名盤である。

唯一無二の存在感を音で表すことが出来た巨人の音楽は言葉で表すことなど不可能だ。強いて言えば、神秘的な世界に魂を引きずりこむような畏怖を感じさせる、とでも言おうか。

2023年3月2日巨星墜つ。享年89歳。奇しくも私が敬愛する画家、ベルト・モリゾ、作家、フィリップ・K・ディックと同じ日に亡くなられた。

幽界の向こうから聞こえてくるような調べに耳を傾けながら故人を想う。その音は永遠に。
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