スワヒリ亭こゆう

生きるのスワヒリ亭こゆうのネタバレレビュー・内容・結末

生きる(1952年製作の映画)
5.0

このレビューはネタバレを含みます

今度カズオ・イシグロ脚本、ビル・ナイ主演で本作をリメイクした映画が日本でも公開されます。
非常に高評価なリメイクも楽しみですが、今一度黒澤明監督の『生きる』を観たいと思って観賞しました。

本作を観たのは20年ぐらい前でまだ僕も若かった手前、良い映画には変わりはないが、やはり黒澤明監督の映画は時代劇、『七人の侍』や『用心棒』といった娯楽映画の方が好きだと思った記憶があります。
ですが、年齢を重ねると本作のブラックユーモアが満載な事に気付き、余命僅かなおじさんの悲しい話というイメージと本作の内容が別物だということに気づき、なんて面白い映画なんだと改めて思いました。

この映画は渡邊(志村喬)というひとりの人間の人生を描いているんだけど、社会風刺、ブラックユーモアに富んだ作品であり、そこには喜劇の要素もふんだんに加わっています。
なので悲しいお涙頂戴の様な事を期待して見ると何だか拍子抜けしてしまう。
渡邊が病院に行って診察前の待合室で他の患者が、胃がんの患者には胃がんとは言わずに、こういう事を医者は言ってくる。と教えられ、それをそのまま言われてしまう渡邊の表情などは喜劇的なシーンであり、そこを気の毒だと思って観ると本作の面白さには気づけないと思います。
『生きる』という壮大なタイトルの通り、生きる事の意味を考えて作られた脚本の出来栄えが本当に素晴らしい作品です。


⚠️⚠️⚠️⚠️ネタバレ注意⚠️⚠️⚠️

⚠️⚠️⚠️⚠️ネタバレ注意⚠️⚠️⚠️

⚠️⚠️⚠️⚠️ネタバレ注意⚠️⚠️⚠️

渡邊の通夜のシーンも驚く程長い。
それには勿論、意味があります。
渡邊が公園を作るために奔走した様子が市の職員達から語られていくんです。
そこで渡邊を貶してみたり、褒めたり色んなことをお通夜の席で酒に酔いながら語られる。

ですが彼らの言ってる事はあまりに適当で、的を得ていない。それも可笑しい。
だって渡邊は子供達の為に公園を作った訳じゃないんですからね。
彼は自分の為に作ったんです。
自分が最後の最後まで生きる為に公園を作りたかったんです。
生命が僅かしかないなら、今の内に出来ることを見つけて、それに打ち込む事で死の恐怖や孤独から解放された。
最後に公園のブランコで雪の日に1人で亡くなっていたのも、人生を最後に存分に生きる事が出来て幸せだったんでしょう。
人間が一生懸命に死ぬ事もあるんだというのを教えてくれる作品だと思います。
カズオ・イシグロ×ビル・ナイのリメイク版も楽しみです!