2012年に初演され、後にフランス演劇界最高の賞であるモリエール賞で最優秀演劇作品賞を含む3部門を受賞し「この10年間で最も評価の高い新作戯曲」と評され、これまで世界45カ国以上で上演され数々の演劇賞を受賞してきたFlorian Zellerのオリジナル脚本”Le Père”の映画化。
原作者のフロリアン・ゼレールが自ら監督したデビュー作。
共同脚本にChristopher Hampton。
第93回アカデミー賞(2021)主演男優賞と脚色賞の二冠受賞。
映画化にあたりフロリアン・ゼレールは、アンソニー・ホプキンスのために当て書きして、主人公の名前をアンソニーとして、年齢・誕生日の設定までアンソニー・ホプキンスと同じに変更した。
老いていくことは誰しもが経験する必然的なこと。記憶が曖昧になり散乱して適宜引き出すことが容易でなくなる。これは年寄りに限らず、40歳となった私にも大いに経験がある。
誰しもが、そんな時は「グーグル先生」と親しみを込めた愛称で呼び、悪びれる様子もなく検索をして、一瞬で解決してしまう。
それが自分の身になっているのかはワカラナイ。ただ別に身になろうがなるまいが、忘れてしまったらまたグーグル先生を呼び出せば済むことなのだ。
このことによって、認知の進行が早まわらなければいいが…
認知症を扱った作品はこれまでも多くあるが、決定的に違うと感じるのは、認知症の側の視点で全て構成されているところだろう。
認知症を患った人間には世界がどのように見えているのか?どのように感じているのか?を、観客を巻き込んでそのまま提示してくれる。
見ているこちらの混乱を逆に利用したような構成は秀逸すぎて…嫉妬してしまう。
目の前にいる男を初対面だと信じてしまったり、亡くなってしまった家族だと勘違いしたり、認知症の人は恐らくこういう感覚でいるのだろう…これをそのまま映像で同じ役回りを全く違うキャストで演じさせて観ているこちら側も、何がなんだかわからずに混乱していき、認知症の恐怖を体感させられてしまう。
これがとても新感覚で、ホラー映画とも一線を画す醍醐味がある。
俺の家と言い続けたアンソニーの娘の家も、アカデミー賞美術賞にノミネートされただけあって、素晴らしい。ほぼ全編、この家の中のワンシチュエーションなので、相当ディテールに拘って計算して部屋を作らないと、画変わりしなくて貧素で、すぐ見飽きてしまうことになり兼ねない。
そこを見事に解決してみせた美術チームの貢献度も大きい。どのショットも奥行きがあって豊かな画面構成が素晴らしい。
これはロマン・ポランスキー監督の『おとなのけんか』(2011)でも感じた。
83歳のアンソニー・ホプキンスが『羊たちの沈黙』以来29年ぶりにアカデミー主演男優賞を史上最高齢で獲得する程の怪演だったので、誰も異論はないと思うが…日本の舞台では橋爪功が同じ役どころを演じたので…そちらもまた興味深い。
認知症の人の感覚を、この映画が100%捉えられてるかも分からないのだが、ただ認知症の人を理解する上での足しにはなったかと…
絶対にイライラしてもダメだし、怒ってもダメ。Olivia Colman演じたアンのように根気強く優しくしてあげられることができるのか…
40歳の私であってもアンソニーと同じ恐怖を我が身のことのように感じて震えてしまう。