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私のプリンス・エドワードのnetfilmsのレビュー・感想・評価

私のプリンス・エドワード(2019年製作の映画)
3.7
 香港のプリンス・エドワード地区にある金都商場(ゴールデンプラザ)。ショッピング・モールを歩くフォン(ステフィー・タン)はペットショップの軒先で甲羅が見事にひっくり返った亀を見つける。実は彼女の人生そのものをひっくり返る亀が暗示している。自分の足で泳ぐこともままならず、ひたすらひっくり返るだけの人生に同情したのか共感を覚えたのか彼女は、その亀をペットに買って帰ることにするものの、店員に別の亀をあてがわれてしまう。何だか最初から彼女の暮らしぶりはあまりにも世間とのリズムがずれている。富裕層が暮らすプリンス・エドワード地区のショッピング・モールの生活は忙しない。ウェディングドレス売り場で働く彼女はもちろん、幸せな結婚を夢見ている。同棲中の彼氏エドワード(ジュー・パクホン)も同じモール内にあるウェディングフォト専門店のオーナーとして働いている。つまり金都商場というのは結婚に関連するものが一通り集まるモールなのだ。2人の住む部屋には、ジム・ジャームッシュやミシェル・ゴンドリーの『エターナル・サンシャイン』のポスターが貼ってある。2人は付き合ってどのくらいなのか明らかにされないが、良く言えばそれなりの年月が経ったような穏やかな関係に見える。悪く言えば、狭いアパートに暮らす2人にはもはや愛がないようにも見える。

 ノリス・ウォンによる処女作は、アラサー女性の結婚の理想と現実を描く。錦鯉の渡辺似の彼氏からの求愛に一度は応じる気になったヒロインだが、10年前にお金欲しさから中国大陸の男性と偽装結婚し、その婚姻がまだ継続中であることが発覚し、穏やかではいられなくなる。エドワードはウェディング・プランを一緒に考えるオーナーにしては何だか趣味の悪いプロポーズをするし、それにバツが悪そうに冴えない表情で応答をするヒロインの姿が印象的だ。香港の偽装結婚事情が何だかあまりよくわからないのだが、香港人と大陸人が偽装結婚する一番の目的は両国間のフリーパスのようなもので二重国籍までは行かないのだろうが、滞在ピザや労働ビザが自由に取れるようで、何だかそれだけの為に偽装結婚するのも迂闊と言えば迂闊だし、ヨーロッパの移民・難民問題とは幾分違う様相だ。しかもその後の監督の舞台挨拶ではもはやこの様なケースは現実には起こっていないらしいと聞いて、率直に言って何それと思った。つまりノリス・ウォンはこの偽装結婚のあらましをサスペンス風に追うことではなく、今自分が香港で置かれた状況が女性にとってどれだけ不自由な立場に置かれているかを気付かせるための触媒として、偽装結婚相手を置くのだ。まぁ何というか軽い束縛なら愛情表現かと思って嬉しいものの、彼氏のエドワードの圧の強いメッセージの連打には流石に引くし、可愛がっていた亀を相談もなしに逃がしてしまう様な母親とも土台上手くやっていけない。

 だが途中、金とIDで密約を結んだ偽装結婚の相手に途中心持っていかれたり、私にはやはりフォンが自分の人生を歩んでいないように見えて仕方ない。自由に生きているように見えて不自由という自己矛盾。これでは未婚女性であるノリス・ウォンが初めての映画で結婚とはという壮大な思考実験をしたに過ぎず、今の彼女の姿が気になったのだが、今は香港を出て台湾で暮らしているという。コロナや最愛の父の死を経験した彼女の次作に期待したい。
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