「なにそれ!尊いっ!」
「独特のワードセンスで褒めてくるっスよね」
月が綺麗な夜だった。
仕事終わり、駅までの帰り道。
「やべ、彼女にLINEしよ」
隣を歩いていたバイトくんがスマホを取り出した。
「この後待ち合わせとかだった?ごめんね、今日いつもより遅くなったよね」
「違うっス、月見てーって」
優しくて柔らかくて温かい気持ちになる言葉だった。
美しい景色を見たとき、美味しいご飯を食べたとき、それを大切な誰かと一緒に見たい食べたいと思う気持ちの尊さ。
原作の漫画もドラマも大好き。
恋をしてあたふたする姿の可愛らしさや愛おしさ、ちょっとだけ疲れていたり怒っていたりする事があっても大切な誰かとのご飯はそれを和らげてくれること、何年にも渡る彼らの日常の食卓に"食と愛情"が織り込まれて描かれる。
寝起きするだけでシーツにシワが寄るように、生きてるだけでシワ寄せがくる。
そんなシワをそっと整える効果が、楽しいご飯にはあるのだ。
そう思わせてくれる作品。
映画化されると知り、とても楽しみにしていた。
でもある事がきっかけで、観れないかもしれないと思った。
それはクランクアップを迎えた内野聖陽さんの「男に戻る」という言葉を載せたインタビューだった。
シロさんを大好きなケンジがとても好きだ。自分にも相手にも正直に生きる芯の強さと、ケンジらしいチャーミングさを内野聖陽さんは魅力たっぷりに演じている。
何の悪意もなく無意識に出た言葉なのだろう、と思う。
もしくはシロさんを懸命に愛したケンジという時間の結果。
でもその言葉は、誰かのシーツにぐちゃぐちゃにシワを作る事があるのではないかと思ってしまった。そっと直せるシワではなく、消えないシミになってしまう事もあるのではないか、と思ってしまった。
私は女性でシス・ヘテロ。
SOGIにおいて圧倒的なマジョリティにいる。
当事者ではない私が、その言葉に引っかかってあれそれ言うのは違う気もする。
「男に戻る」という文字が目に入った時、ケンジはゲイ、男性だよ?と正直思った。
でも、誰かのSOGIをこうだよ?と他人が勝手に決めることがグロテスクな感情のような気がして、その言葉に対する違和感は最終的に自分に返ってきた。
だから、観れないかもしれないと思ったのだった。
「あいつ、月好きなんスよ」
レンタル始まったけど、どうしようかなと今作を観るか悩んでいた時にそんな言葉を聞けた。
その言葉と似た優しい作品だからこそ『きのう何食べた?』が大好きなことを思い出せた。
「何かを見て思い出せる人がいるって、いいよね」
「氷結無糖見るとむぅさん思い出すっスよ」
「.....あ、それ言う」
でも、ありがとう。
ちょっとシワが直った。
観たとしても書かないだろうと思っていたレビューを書く勇気ももらった。
ドラマのオープニングと同じ「帰り道」という曲で始まるのが嬉しい。
"ただいま" "おかえり"
"今日ご飯何にする?"
そんなやりとりを始めるための「帰り道」
シロさんとケンジのお互いを想う気持ちがとても心地良かった。
2人の笑い合う表情が素敵だった。
[シスジェンダー]
性自認と身体的性が一致しているセクシュアリティ。性的指向は関係ない。
[ヘテロセクシュアル]
性自認と身体的性が一致しており、かつ性的指向が異性であるセクシュアリティ。
[SOGI]
Sexual Orientation 性的指向
Gender Identity 性自認
全ての人が何かしらの属性を持っている。