むぅ

太陽がいっぱいのむぅのレビュー・感想・評価

太陽がいっぱい(1960年製作の映画)
4.1
美しいコバンザメ、大型魚を喰い散らかそうとするの巻

舞台はイタリア
アメリカの大富豪の息子フィリップを連れ戻すよう父親に雇われた貧乏な青年リプリー。
フィリップと過ごすにつれ、リプリーの中にある犯罪計画が浮かぶ。果たしてそれはいつ浮かんだのか、そしてその計画は成功するのか。


わざとなら人が悪いし、わざとでないなら気遣いがなさすぎるという、どちらにせよ止めて欲しい言動をされた時、わざとの方が腹が立つ。私はそうだ。
そしてこのフィリップがそのタイプ。そりゃリプリーだって腹が立つだろう。
その根の深さを感じるのが、フィリップとリプリーが甲板でカードゲームをするシーン。リプリーの計画に気付いたフィリップに、笑顔でその詳細を伝えるのだ。
コバンザメにこれからあなたを喰い散らかそうと思ってるんですよ、骨までしゃぶってやりますよと宣言されたら大型魚だって怯む。
これから起こる事は、あなたが"わざと"やってきた事と同じなんですよという最大のマウント返し。
お見事、と思う。
そして両者性格が悪いなとも。
でもそこがまた良かった。

初アラン・ドロンだった。
健やかな色気というよりは、闇が混在する危うい色気が彫りの深い顔にさす影と、太陽の光と相まって、とにかく美しい。

この美しい男の醜い計画を、太陽はどう見ているのか。海はどう受け入れるのか。

浜に打ち上げられたアザラシのような状態でこの美しいコバンザメを観ていたのだが、アザラシは最終きちんと体育座りでエンドロールを迎えた。
そしてアザラシは思った。
片利共生するコバンザメでも、妬まれ他者を蔑む大型魚でもなくて良かった、と。
でも、それをしてしまうかもしれない卵は自分の中に無数にあるのだ、と。
面白かった。

あっ、アザラシは哺乳類か。
むぅ

むぅ