dm10forever

白い自転車のdm10foreverのレビュー・感想・評価

白い自転車(2019年製作の映画)
3.8
【パンドラの箱】

「・・・あ、もしもし、警察ですか?盗まれた自転車を見つけたのですが・・」

それは一本の電話から始まる一夜の出来事。

1か月前に海岸でお気に入りの白い自転車を盗まれたオメル。
彼は偶然通りかかった街外れの道すがら、その自転車を発見する。

「何故それがあなたの自転車だとわかるんですか?」
「以前事故った時についた傷が残っているんだ。それに恋人が付けたハートの印も付いていた」
「・・・しかし、被害届が出ていませんね。まずは届けを提出してください。話はそれからです」

まともに取り合おうとしない警察に業を煮やしたオメルは自力で鍵を壊して自転車を奪い返そうとする。
しかし、そこに「現在の所有者」が現れ・・・・
やがて物語は本人たちも意図してないまさかの結末に向かって加速する。

この一連の流れをワンカットで描いているので臨場感は中々。
他にもワンカットを売りにしている作品は沢山あるが、逆にそれが「足枷」となって、ワンカットの中に必要以上の事件や情報を盛り込みすぎた挙句「一度にそんなに色んな事が起きるかね・・・」とバランスを欠いてしまう作品もチラホラと見受けるが、この作品に関して言えばその辺のバランスも取れていて、「場所」「時間」「速度」「登場人物」がちょど良く描かれていたように感じた。

で、突き詰めていけばこの「一台の白い自転車」を巡る物語ではあるんだけど、出てくる人は誰一人悪くないんですね。
むしろ皆「巻き込まれてしまった」という感の方が強い。

何なら「オメルがこの晩ここを通らなければ」そして「犯人と疑われたイウネスがここに自転車を停めなければ」お互い「知らぬが仏」という状況で明日を迎えることが出来たかもしれない。

しかし様々な偶然が「1カット」の中で連鎖していった結果、自転車どころの騒ぎではなくなってしまった。

オメルが偶然近くにいた業者に鍵の撤去をお願いした時に「250シュケルかかるぞ」と言われ、また犯人と疑われたイウネスも「1か月前に250シュケルで買ったんだ」と証言する。

ここで250シュケルという単位(金額)が出てくるんだけど、現在の価値で換算すると100シュケルが日本円で約4,200円とのことなので、250シュケルという金額も彼らの生活水準を考えればそんなに安い金額とも言えないと思う。

でも、オメルにとっては金額よりも「盗まれたものを取り返す」という事が重要であり、相手の事情に想いを馳せる余裕まではなかった。

やがてオメルが呼んだ警察によってイウネスには別の問題があることが判明し、事態はあらぬ方向へと進んでもはや自分たちの手の届かない大事へと発展していく。

オメルはイウネスの身の上を慮って「無かったこと」にしようとするが、既に警察はオメルの事件とは関係なく動き出してしまったため、オメルの申し出は聞いてくれない。

一人残されたオメルが壊したのは鍵ではなく自転車そのものだった・・・。

それは「こんなもののせいで・・・・」という悔いと「このまま自分だけが自転車を取り返して家に帰っても幸せではない」というある種の痛み分けのような気持ちが同居しての行動だったのかもしれない。


1カット20分の間に目まぐるしく変わる状況と彼らの心境。

そしてそんな彼らを後目に、次々と男を誘惑して色んな車に乗っては戻ってくる娼婦の存在がシュールでもある。

こんなことも「イスラエルのよくある光景の一つなんだよ」という声が聞こえてきそうな、そんな作品だった。
dm10forever

dm10forever