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迂闊な犯罪のCHEBUNBUNのレビュー・感想・評価

迂闊な犯罪(2020年製作の映画)
3.5
【イランの『イングロリアス・バスターズ』】
※第21回東京フィルメックスで邦題『迂闊な犯罪』として上映決定!

第77回ヴェネツィア国際映画祭オリゾンティ部門で上映されたイラン映画『CARELESS CRIME』をFestival Scopeで観ました。昨今の国際映画祭に出品されるイラン映画はアスガル・ファルハーディー路線の作品が多いように見えマンネリ化していると思っているのですが、イラン的閉塞感描写に新たな光の矢を放つ作品でありました。

クエンティン・タランティーノは『イングロリアス・バスターズ』の中で、映画をプロパガンダとして利用するナチス、ヒトラーに対する怒りを《映画館で物理的に殺す》表現で描いてみせた。映画館を燃やし怒りを表現する事件は1978年イランで実際に起きていたのをご存知だろうか。当時、映画館は西洋文化の象徴と捉えられ、西洋文化への怒りの表現として映画館が襲撃されたのだ。その事件を今の時代に持ってきた作品がこの『CARELESS CRIME』だ。
やつれた男が薬局に入る。店員からの助言で、博物館に行く。そこではサイレント映画が流れている。これから起こることを予見させる火事の映画だ。そして、男は女性に導かれ階段を降りていき、光の方へと歩み出す。外へ出ると、大きな被り物をした謎の人物が薬を渡す。そして、映画館の放火に向かって物語が進んで行く。

本作は、映画という媒体を使った多層的な構造を持っている。サイレント映画の世界に映画が吸い込まれるのはもちろん、映画館で上映されている作品は何故か同監督同名の作品『CARELESS CRIME』だ。しかし、映画内映画の『CARELESS CRIME』は雰囲気が変わっており、映画館を破壊する話に対して映画館を作る(厳密には野外上映の設営をしている)話となっているのだ。そこに西洋文化を忌避するイランという枠組みで括られそうな社会に対して批判をしている。シャフラム・モクリ監督は、イランとしての映画を作ることで西洋文化という枠組みを取り払うことができるのではと訴えているように見えるのだ。

さらに、本作では撮影が素晴らしい。ビンを入れたケースをガッシャンガッシャン移動させていく男。映画の上映中に何度も立ち上がる男と明らかに不審な動きをみせるのだが、事が起こるまでは意外と気づかれないという視点をカメラに焼き付けるため、物陰から覗き込むような長回しで撮影されている。明らかに目立っているのだが、それでも風景として同化してしまっている景色がそこにありました。

アスガル・ファルハーディー路線の作品は、日本の閉塞感もののように、抑圧された空気を描けば良いという魂胆が見え隠れするのですが、撮影や多層的構造を用いて映画的表現を探求していくシャフラム・モクリ監督の腕前に満足しました。
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