柏エシディシ

タイガーズ サンシーロの陰での柏エシディシのレビュー・感想・評価

4.0
ヨコハマフットボール映画祭2022。おっかけ公開千秋楽にて。
結論、サッカー映画の枠だけに収まらない広義の青春映画としても傑作だった。
17歳の誕生日を前にイタリアセリエAの名門インテルミラノにスカウトされたマルティン・ヴェングソン。故郷スウェーデンを離れ、ユースチームに入寮するのだが、そこには敵意を表す冷たいチームメイト達と巨大なプレッシャーが待ち受けていた……

この手のスポーツ映画では、肝心な競技シーンをはじめディテールで感じる違和感がノイズになることが多いのだが、本作は映画をあまり観ない純粋なサッカーファンも納得出来るであろうクオリティでまずは満足。
プレーシーンも主人公に寄ったカメラワークの迫力と躍動感が素晴らしい。
マルティンが試合で才能を見せながらも、チームメイトの嫌がらせでボールが回ってこなくなるシーンを映像だけで見せるのだけれど、簡単そうに見えて結構難しいと思うのだが、サラッと巧みに見せる。
クラブイメージをマイナスにしかねない内容ながらインテルもしっかり協力しているようで細かいディテールや台詞も気が利いてる。「痩せすぎだな。だが、コウチーニョもピルロもそうだった」など、字幕ではオミットされている固有名詞も含めてサッカーファンならばリアルに感じられて、まさに魂は細部に宿るのだなぁ、と。

マルティンが途中出場でセリエAデビューを飾りながらも、「市場価格が値上がるから」とユースチームのコーチに言われてしまうのもリアル。欧州サッカーファンならば誰しも記憶のある「期待されながら消えていってしまった未完の大器」たちをどうしても思い出さずにはいられない。
マルティンが唯一仲良くなるのが英語が話せるアメリカ人GKというのも説得力ある。あの王様イヴラが生真面目そうなマックスウェルと意外にも仲良かったのも、きっとアヤックスで同じ様な関係性だったのだろうと考えたり。

監督のロニー・サンダールは「ボルグ/マッケンロー」の脚本家と聞いて納得。スポーツのトップの世界の呵責無さ、煌びやかな栄光の裏側の影の濃さを本作でも丁寧に活写していく。
ピッチを離れれば10代のひとりの少年に過ぎないマルティンの心の葛藤と、そのくびきからの解放。
えてして、ありがちな転落物語に陥ってしまいそうなところを、新たな旅立ちへの希望へ紡いでいく誠実さに胸が熱くなる。

当たり前の事だが、彼らトップアスリートも1人の人間であり、辿ってきた道のりもこれからの行く末も、私たちと何ら変わらず約束されたものではない。
それがかつて自分が夢見たものでも。
それでもまた、自分で自身の"ハンドル"を握り走り出せる。希望を託した終幕に想いを馳せる。
柏エシディシ

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