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アステロイド・シティのタケオのレビュー・感想・評価

アステロイド・シティ(2023年製作の映画)
4.1
-これはウェス・アンダーソン版『ツイン・ピークス The Return』だ!『アステロイド・シティ』(23年)-

 冒頭、ブライアン・クランストン演じるテレビ司会者がスタンダードサイズのモノクロ画面に現れると、「今から始まるのは舞台劇であり、全ては作り物にすぎない」と宣言する。ウェス・アンダーソン監督の作品は常に観客にその「世界」が「フィクション」であることを意識させるのが大きな特徴だが、本作ではこれまで以上に作品が「フィクション」であることが強調されている。アンダーソンお得意の「フィクション」でしか描くことのできない物語の始まりだ。
 他のアンダーソン作品と同様に本作も多種多様なキャラクターが登場する群像劇となっているが、最も重要なキャラクターはスカーレット・ヨハンソン演じる女優ミッジ・キャンベルだろう。アンダーソン自身も彼女をベースとして物語を組み立てたことを認めている。ミッジは夫との離婚で精神的に傷つき、逃げるようにして砂漠の街を訪れている。インスピレーション元はマリリン・モンローの遺作『荒馬と女』(61年)でモンローが演じたロズリンだろう。モンローがロズリンを演じる際に、役柄の一部が自身の人生に基づいていることを嫌がったのは有名な話。自殺をほのめかしたりと、作中のミッジの言動はモンロー本人を思わせるものが多い。ミッジの姿が晩年のマリリン・モンローと重ねられているのは明らかだ。
 そんなミッジと恋に落ちる戦場カメラマンのオーギー(ジェイソン・シュワルツマン)というキャラクターについて、アンダーソンはインタビューにて「アーサー・ミラーのような劇作家に仕立てようとした」と語っている。ミラーは『荒馬と女』の脚本家にして、モンローの最後の夫である(ロズリンというキャラクターがモンローの人生に基づいているのは、ミラーが彼女に宛書きしたものだからだ)。撮影当時にはモンローとミラーの夫婦仲はすでに冷めきっており、撮影終了後に2人は離婚。翌年の62年にモンローは睡眠薬の過剰摂取で他界する。モンローとミラー。悲劇的な結末を迎えた2人の運命を、アンダーソンは「フィクション」で上書きしようと試みている。
 アンダーソンは時を遡り、オーギー=ミラーの手を借りて「フィクション」の世界の中でミッジ=モンローを救おうとしたのだろう。かつて『ツイン・ピークス The Return』(17年)でクーパー捜査官(カイル・マクラクラン)が時を遡り、ローラ・パーマー(シェリル・リー)を死の運命から救ったように。ローラ・パーマーも、モンローの影響を強く受けたキャラクターだった。50年代のアメリカの田舎を舞台に、モンローと重ねられたキャラクターを中心にメロドラマが展開し、宇宙人とUFOの存在が語られ、そして地平線の彼方に見える核のキノコ雲が「古き良き時代」の終わりを告げる。いわば本作は、ウェス・アンダーソン版『ツイン・ピークス The Return』とでもいうべき作品である(『ツイン・ピークス The Return』の舞台は50年代ではないが便宜上)。『ツイン・ピークス The Return』はローラ・パーマーの絶叫とともに幕を閉じるが、本作ではミッジとオーギーの未来については語られない。儚くも美しいオープンエンド。「フィクション」の世界の中でなら、モンローとミラーは幸せな晩年を迎えることができるのかもしれない。
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