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WOLF ウルフのmocmoのネタバレレビュー・内容・結末

WOLF ウルフ(2021年製作の映画)
3.7

このレビューはネタバレを含みます

 自分を動物だと思い込んだ「種同一性障害」を持つ人々の話。CGや特殊メイクを使うでもなく、動物らしい見た目のために使われるのはドンキで売っていそうな安っぽいコスプレ衣装くらいで、多くはごく普通の人間の見た目のまま四つ脚で歩いたり、吠えたり、マーキングしたりする。一歩間違えればギャグになってしまいそう。しかも彼らが人間に近い時ほど動物としての振る舞いは実に嘘くさい。しかし、彼らが人間性を失い動物に近づくほど迫真の演技で、特に主人公ジェイコブのオオカミに近づいていく様には引き込まれる。
 他の患者がドクター・マンの荒療治で「リスはそんな登り方をしない、それは人間の登り方だろ?」と言われているシーンがある。これはジェイコブたちの四足歩行の仕方にも言える。オオカミ状態のジェイコブは野生動物のように爪先を使って歩くのに対し、彼と心通わせるかに思われたヤマネコのセシルは膝をついて人間の赤ちゃんのように這っている。
 セシルには母親がおらず常に淋しい気持ちを抱えている。加えて、友達ができても皆いずれは退院していき、彼らについていくことは許されない。孤独な彼女は保護者代わりのドクター・アンジェリの気を引きたくて、あるいは束の間でも入院患者たちと仲良くなり淋しさを紛らわせるためにヤマネコになる。精神異常か演技かは断定できないが、少なくとも彼女の本質は人間なのだ。
 セシルはジェイコブも(他の患者も)自分と同じだと思っている。そしてドクター達もその前提で治療行為に従事する。しかしジェイコブには自分を愛してくれる両親がいて、おそらく彼も両親を邪険には思っていない。オオカミになるべきではないと抵抗する気持ちもあった。
 ところが彼は本質こそがオオカミであり、治療して人間に戻れるものではなく、むしろその治療に効果があったからこそ本質に戻っていったのだろう。入院当初、振る舞いが人間に近く比較的優等生に見えた彼は、むしろ己を人間と思い込んだ重病患者であったのだ。
 入院してすぐ、自己紹介の機会があった。ジェイコブの番まで回らないうちに次のシーンに移ってしまうが、実際にはあの後"オオカミ(だと思い込んだ人間)"であると自己紹介しただろう。しかしこの場面がカットされたことで、視聴者には彼が本当に"(オオカミだと思い込んだ)人間"なのか考える余地が与えられているように思う。

 ドクター・アンジェリ役のアイリーン・ウォルシュは、どこかで見た名前だと思ったら、舞台版『Disco Pigs』でキリアン・マーフィと共に主演したラント役の人で、『Small Things like These』でも共演しているらしい。思いがけず彼女の演技を見られて嬉しい。
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